槿花一日。






16


なんだか困った顔をしているな、と思った。最も、その顔は普段より少し眉が眉間に寄り、さらに下がっている。と言うわかりにくいものなので恐らく俺しか気付かないだろうが。


「いただきます。」


医務室から、ダイニングのカウンターまでエスコートして、スープとサンドイッチを出して。珍しく向こうからねだられた食事だからとより気合いを入れ作った物は満足頂けたようで、彼女の口が少し緩んだ。


「お、」


その匂いを嗅ぎ付けたらしいルフィがダイニングにやって来て、マコに気が付く。


「元気になったのか、ちびポンチョ。」


へらへらとと笑うルフィをマコはキッと睨みつけた。それに構わずルフィは彼女の横に座った。マコは、やれやれと言わんばかりに軽くため息をついて、気にせずスープを口に運ぶ。


「なぁ、お前仲間になれ!!」


そんなマコにルフィは言った。また、マコが困った顔をした。黙って、スープをまた口に運び、スプーンをくわえたところで止まった。


「……………、」

「なぁ、いいだろ!?」


そのまま黙った彼女にルフィは続ける。マコがスープを飲み込んだ音がゴクンとやけに大きく聞こえて、スプーンがスープ皿に置かれた。


「もう待つ船無いんだろ??だったら俺達と行こうぜ!!」


ダイニングを通過する面々が"あぁ、いつものか。"とその様子を見守ったり、ちらりと見て通り過ぎたりする。何を言うで無く、俺もカウンター越しに見守る。


「あんた達はさ、いいやつだと思う。」


ぽつりとマコが言う。


「でも、私は麦藁の一味に入る訳には、」

「なんでだ!?」


珍しく悩むような顔したルフィが首を捻った。


「そしたら、せっかく守った、取り返した、ジョリーロジャーはどうする。私が、あれを掲げなきゃ、イケナイんだ。」


足元を見つめた、マコの眉間のシワが深くなった。


「もうお前一人なのにか??」

「――――――っ、」


オブラートに包んだりしないルフィの物言いに、マコが肩を震わせ、勢いよくルフィを振り返る。それから、何かを言おうとしたらしい、口を声を発する前につぐんだ。


「……………、」


フイ、とルフィから目を背け、ごまかしか、マコは再びスープを口にした。


「だってそうだろ??お前一人、旗にしがみついてどうするんだ。何か当てがあんのか??」


ルフィの言うことは、正しくはあった。旗があっても、彼女には、船もクルーも無いのだ。それは彼女も承知なのだろう。ギリ、とスプーンを噛んだ音がして、また、スプーンが置かれて、


「無い、さ。確かに何も無い。」

「だったら、」


と言いかけたルフィに、マコが掴みかかった。ガタン、とカウンターの椅子が跳ねた。


「だったらなんだ!?皆居なくなったからすぐさよならか??乗り換えろってか??そんなこと軽々しく出来るような人間じゃない!!大体私は!!キャプテンから、先代、のキャプテンから!!受け継いだんだ!!だから私は今キャプテンなんだ!!継がなきゃイケナイんだ!!はいそうですか、なんて言える訳ないだろう!!!!」


ルフィの胸倉を掴んで、叫ぶように言ったマコは泣きそうな顔をしていた。胸倉を掴むその腕に顔を埋めるように、俯いた彼女をルフィは黙って見下ろした。


「…………………、ゴメン。」


沈黙を先に破ったのは、マコだった。胸倉を掴んでた手を離し、椅子にドサリと座り込む。


「今のは八つ当たりだ。」


そう言うと、またカウンターに向かい食事を再開した。ルフィは立ち尽くしたまま、マコを見ていた。

重たい空気の中、彼女が食事する音だけが聞こえる。当人達も、外野も何も言わない。


「……………私だって、」


また沈黙を破るのはマコで、


「どうしたらいいのか分からないんだ。」


ぽつりと呟かれた言葉を機に、食べ終えた彼女は立ち上がり、皿を俺に渡すと、逃げるようにさっさと船室から出ようとした。


「え、あ、マコ!!何処に、」


それに慌てたのはチョッパーだ。


「寝てればいいでしょ。小屋戻る。」


止めようとして伸ばされたチョッパーの手を避けると、マコはこちらを見ることなく、甲板に出る扉に手をかけた。そこで、ルフィが彼女の肩を掴んだ。


「なぁ、ちびポンチョ。お前船長だっつったな。」

「言ったけど何。」


振り向きもせずそう言ったマコに、


「わかった。俺、お前に決闘を申し込む。」


ルフィはそう言った。


「俺が勝ったらお前、いや、お前の海賊団、麦藁の一味の傘下になれ。俺が負けたら俺らが傘下に下ってやるよ。」

「は??何を、結局仲間になれってことか。何でそんなもん受けなきゃなんない。」


それに驚いたのはマコだけでなく、たまたまいたクルー全員も目をパチクリさせて、


「貴女のメリットの方が大きいんじゃないかしら。」


そんな中、ロビンちゃんが口を開く。


「負けたら負けたで、踏ん切りがつく。だってキャプテン同士の決闘でしょう??負けたら傘下になるのは当然だわ。それに勝ったらこの船だって貴女の物よ。それにクルーも出来るじゃない。」

「そう、だけど。」


それでもまだ渋るマコに近寄り、


「ならまだ何を渋るんだ??」


と声をかける。


「………っるさい。」


苦虫を潰したような顔、ってこんなのなんだろうな、と思った。マコは肩を掴むルフィの手を振り払い、ルフィを指差し睨みつけた。


「わかったよ。その決闘受けてやる。麦藁くん、いや、麦藁のルフィ。体調が万全になり次第此処に戻る。それまでに悪あがきするならしときな。首洗って待っとけ。」


そう言うと、今度こそ、船室から出て行こうとする。


「無茶もしないし、メシもちゃんとするから、くれぐれも私に構うなよ。敵に情けなんてかけられたくない。」


その間際に言った言葉は俺に向けてだろうか。返事をする間も無く、彼女は外に消えた。



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