槿花一日。






13


けたたましい銃声が鳴り出した瞬間、頭を掴まれそのまま床に押し倒された。


「―――っ!?」


周り中に弾丸が飛び、身を縮める。私を押し倒した人影がそのまま私に覆い被さるようにする。押しのけようにも俯せのまま抑えつけられ動くに動けないまま弾丸が降り注ぐ。はた、と弾丸の雨が止み、人影が起き上がり。


「効かぁぁぁぁん!!」


ビョン!!


とゴムが伸びる音がして彼から銃弾が飛び散る。


「な、麦藁くん??」


キョトンとして起き上がると、飛び散った弾丸に下っ端が怯んだ隙に、麦藁の一味の面々が制圧しにかかっていた。


「おっ前さぁ、喧嘩しに行くならそう俺らに言ってから行けよな!!」


俺は怒ってるぞ!!と言う麦藁くんに呆気に取られる。彼は私のフードを取り、ぽんと頭に手を置くと、ニッと笑って、


「ま、いいや。勝てよ!!」


そう言って下っ端達をぶちのめしに向かった。私は少し笑うと、立ち上がろうとした。その瞬間1つ銃声が響き、左腕を何かが貫通した。


「――――――っぁ!?」


一瞬遅れて身体が跳ねるほどの激痛が身体を駆け巡り、左腕を抑え反射的に振り返りながら立ち上がる。靡いた髪越しに見えた、煙を上げる銃を手にした男は口を歪める。じんわりと、傷口の周辺の皮膚に血が染み込んでいくのが分かった。


「思い出したぞ。」


男が愉快そうに笑う、そのニタニタした顔が実に不愉快だった。ひそめた眉の横を脂汗が伝い、頬の辺りで染み込んで止まった。傷口付近が脈打つ度、血の染み込んだ腕が徐々に重くなっていく気がする。


「こないだ燃やしてやったあの弱っちい船の奴だな。」


液体を、体液ですら吸収する布であるが故のことに苛立ちを募らせる上に、男の言葉で歯ぎしりをした。


「ガキ1匹生き残ってやがったか。それでなんだ??新しい手下でも付けて復讐しに来たか??ヒャハハハ!!泣かせるじゃねえか。」


嘲るような高笑いに、冷ややかか視線を送り、左腕を押さえていた右手をだらんと下ろした。コツン、と一歩進む。


「敵うと思ってんのか??たかが10人程度で。笑わせる!!」


また、一歩。


「まぁ、せめてもの情けだ、さっさと楽にしてやる。」


再度向けられた銃口が火を吹いた瞬間、一気に詰め寄り、今度は奴の右側頭部を右足の踵で足を真一文字に振り抜くように蹴り飛ばした。あっさりと右側に転がっていく男。取り落とされた拳銃を広い上げれば、よろめきながら走って下の甲板に下りて行く。慌ててそれを追おうとすれば、足が縺れてその場に手をついた。

べしゃ、と濡れ雑巾を床に投げ捨てたような音がして、初めて左腕の出血が手の平までぐっしょりと濡らすほどのものだったのかと自覚した。足が縺れたのも血を流し過ぎたからかもしれない。


「……ちょっとまずいか、」


左手を退けるとくっきりと手形が付いていた。だけどもこのまましゃがみ込んでいる訳にもいかず、立ち上がると、階段に向かう。

ちょうど先程下りてった男が上って来ようとしていたところで、その背には金属製の円筒上の何かがリュックのように担がれ、その手には何かホースのような物が握られていた。


「これ、なんだと思うか??」

「知らん。」


男はまたニタニタした顔をしていた。


「火炎放射機だ。」


その言葉と共にホースの口から火が走り、私は慌てて飛び上がり、背後の壁を蹴って横に転がるように逃げた。転がった際に、左腕がグジュ、と嫌な音を立てて、床に跡を付けた。


「お前、布らしいな。」


階段を上がりながら男は言う。じりじりと後ろに下がると既に後ろは船縁だった。


「燃え上がって消えちまえ。」


再び火が迫る直前、


「縄<カナポ>!!」


そう叫んで、マストの梁に向かって右腕を振った。すると指先から勢いよく、白い、布をよじったような縄が伸びて梁に巻き付く。それを確認するや否や、船縁を蹴り振り子の要領で滑空した。一瞬遅れて背後の空気を炎が嘗めとった。

各々ドンパチやっていた奴らの視線が敵味方なく集まってるのがわかった。まぁ、初見なら驚くか。等と思いつつ丁度進む先にいた下っ端を踏み台にして加速すると、マストの梁に降り立つ。

ポタ、

ついに左手の指先から血の雫が落ちた。いつの間にか肩で息をしていて、額に浮かんだ汗を拭った。
とにもかくにもあの厄介な火炎放射機をどうにかしないことには近付くことすらままならない。狙撃は得意ではないがさっきの銃で火炎放射機を狙ってみようかと、左手で腰の銃を取ろうとして、血で滑った。


「あ、」


ぬる、と滑った銃は偶然泥棒猫さんに襲い掛からんとしていた奴の頭に落下し気絶させた。不幸中の幸いか。


「必殺!!タバスコ星!!と三連鉛星!!」


と、その時そんな叫び声が聞こえ、何か小さな物が視界を横切ったかと思いきや、


「ぎゃぁぁぁぁぁぁ!?」


突然さっきまで対峙していたあの男が目を押さえて叫び声を上げ、更に火炎放射機の肩紐が片方ちぎれて傾いた。


「へっへーん、どーだ!!ウソップ様のタバスコ星の味は!!」


下で長鼻くんが自慢げにそう叫んで、その直後敵に狙われ涙目になった。

火炎放射機が不安定ならいけるかもしれないと、マストから飛び下り、長鼻くんを狙う下っ端を踏み潰すと、下っ端のうっとうしい攻撃をかい潜り、階段を駆け上がった。


「小癪な、」


赤い目をしょぼつかせた男は片手で火炎放射機本体を支えながら私にホースを向けた。街を背に男と対峙する。


「今度こそ消し炭になれぇぇぇえ!!」


唸った火炎放射機の炎を避けるように階段を数段駆け降りると、手摺りに足をかけ、男に向かってジャンプした。炎が逆に目眩ましになったのか直前まで気付かなかった男の脇腹に蹴りを叩き込むと男はよろめきながらもこっちにホースを向けた。


「やば、」


男を蹴った反動で空中にいた私は瞬時に燃えてしまう、と感じたが急に首根っこ掴まれ床に投げられた。


「平気??」


落とされた床で起き上がり声の方を見ると黒髪のお姉さんが微笑んだ。その後ろには気絶した下っ端がごろごろ転がっていて、こちらはほとんど片付いたように見えた。


「ん、ありがと。助かった。」


それだけ端的に伝えると、男が居る上の甲板を見上げた。よほど頭に来ているらしい男の顔は真っ赤で、さらにさっき蹴った拍子にどこかにぶつけたのか火炎放射機が時折バチ、と火花を立てた。


「ね、皆に甲板から飛び下りるよう言ってくれる??」

「わかったわ。」


お姉さんは返事をすると直ぐさま行動に出てくれて、男を見上げる私にまた炎が襲い掛かるから、炎が届かないような後ろに飛びのいた。


「当たらなければ意味ない。」


鼻で笑ってそう言えば、頭に血の昇った男は足音を荒げて下りてくる。男と一定の距離を保つように後ずさりながら気絶した下っ端から銃を拝借し、さらにタバコをくわえ、火を付けた。

下がり続けて、暫く。ふと足を止めた。


「諦めたか。」

「さぁ、」


男に挑発するように言うと、舌打ちの音と共に唸る炎。あえて私はそれに突っ込むように前に走ると、血に濡れた左腕で炎を掻き分け、若干左手に逸れると右手に握った銃で火炎放射機を撃ち抜いた。

穴が空くと同時に炎が止まり、シュー、と微かな音がするのを確認して銃を投げ捨て再び右手を縄に変えマストの梁につなぎ柱を駆け上がる。ある程度まで来たタイミングで下に向けてタバコを吐き捨てた。真下には、火炎放射機が黙ったのにオロオロする男。

漏れだしたガスにタバコの火が引火した。

爆発音と共に大きな火柱が上がった。




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