槿花一日。






07


「…………、体調不良のせいだと思うぞ。」


私から少し離れて様子を伺ってきていた、二足歩行のぬいぐるみみたいなやつがそう言った。


「寝不足に、栄養失調。あんまり寝てないし食べてないんじゃないか??」

「そういやさっきそう言って……、栄養失調??」


船医らしいそいつは、純粋に心配してくれてるらしく、首を傾げる。その言葉を聞いたサンジが、ばっとこちらを振り向く。慌てて視線を逸らした。一番まずい人間に、ばれてしまった。瞬きしながらどうやって言い訳しようかと、口をつぐむ。


「栄養失調………ってお前、」


あぁ、どうしようか、サンジさんが怒っていらっしゃる。私が男なら蹴りの一発も飛んで来そうな勢いで。よりによってよろけて抱き留められた直後。彼に近すぎる程近くに、というか、腕の中というか。


「見張りが、とかいって食うの忘れてたんじゃねぇだろうな。」


とにかく視線が痛い。


「えぇ!?食べんの忘れるとかあんのか!?」


麦藁くんが目玉が飛び出す程驚いて、こっちを見る。そんなに驚くことなんだろうか。


「皆が皆おめぇと同じな訳ねぇだろうがクソゴム。ったく、お前の食欲とこいつの食欲足して2で割りてぇくらいだ。」


あぁ、食べるのが好きな人なのか、と麦藁くんを見れば、食い物の話したら腹減ったと言い出す。


「別に食べてない訳じゃない。」


刺さる視線にそう言えば、


「昨日の晩は??」


と恐らくメニューを聞いているのだろう。


「………べーグル。」

「……、昼は。」

「…………あんパン??」

「…朝。」

「……………食べてないかも。」


プツン、となんかが切れる音がして、背中を冷や汗が伝う。


「―――――っアホかてめぇは!!!!!!!」


怒鳴り声が右耳から左へ抜ける。サンジは私をカウンターの椅子に座らせると、荒い足音を立てて、キッチンへ。


「なんだ??おめぇパン好きなのか??」


隣に座った麦藁くん。


「いや、貰って手元にあったから。買いに行ったり料理すんの面倒だし。」


そう答えたら、


「相っ変わらずお前は……!!なんでそう食に関心がないっつーか食欲つーもんがねぇっつーか!!んなもんしか食ってなかったらいくらなんでも体に悪いだろうが!!」


と、向かいのキッチンから怒鳴り声混じりの説教が聞こえる。


「お前腹減らねぇのか??肉食わねぇと力入んないだろう。」

「とりあえずパン食べればぶどう糖は摂取出来るからいいかなぁ、って。食べるのめんどくさい。」

「だー!!面倒がるようなことじゃねぇだろうが!!おら、食え!!」

「怒るとハゲるよ。」

「誰のせいだ!!」


呆れたり怒ったりと百面相しながらもこの一瞬でサンドイッチを作り、押し付けるようにサンドイッチを渡してくるサンジ。おとなしくそれを受け取りかじる。


「美味しい。」

「当たり前だ。」

「おい、コックついでにツマミ作れ。」

「あ゛ぁ??」


と、麦藁くんと反対側の隣にやって来た緑の頭の偉そうな青年、確か海賊狩りとかいう、海賊らしからぬ二つ名を持っていたか、彼とサンジが途端に口喧嘩をおっぱじめギャーギャー騒ぐ。地味に頭に響くなぁ、とそれを眺めれば、背中に痛い視線。


「……………。」


振り向くと、引きそうになるくらいよだれを垂らしてこちらを見る麦藁くん。そういえば、先程腹減ったとか言ってたか。


「………いる??」

「いいのか!!………ってダメだ!!お前食え。」


頭を振って私の申し出を彼は断るけど、決して視線は一瞬足りともサンドイッチから逸れず、寧ろ目がサンドイッチだ。


「欲しいんじゃないの??」

「腹減った、けどおめぇどっか悪いんだろ??食わなきゃ治んねぇから食え。」

「そう。」


物欲しげな目をしながらも口を自分で塞いで、麦藁くんがそう言うもんで、遠慮なく続きを口に運ぶ。それでも外されない麦藁くんの視線はとりあえず顔を逸らしてスルーしておく。


「お前、食ったらもっかい寝とけよ??あんまり無茶したら過労死ってもんも世の中にはあるんだからな。」


くい、と後ろから引っ張るのは、ぬいぐるみみたいなやつ。確か名前は、


「私が大丈夫だと思うから大丈夫、じゃダメか??えーっと、わたあめ大好きチョッパー、だっけ??」

見た目と同じく可愛らしい二つ名を言えば、キョトンとして。


「お前、俺のこと知ってんのか??」


と首を傾げる。


「そこの骸骨以外は皆手配書で見た。ここにいる以外に、狙撃の王様そげキングと鉄人フランキーがいる。違う??」

「いや、そげキングはいつもいる訳じゃないんだ。」

「ん??」


なんだそれは、と首を傾げれば、麦藁くんとぬいぐるみと骨以外が気にすんなと言わんばかりに手を左右に振った。


「??」

「そげキングはな、ウソップの友達の狙撃の島から来たヒーローなんだ!!なぁ、チョッパー!!」

「そうだぞ!!俺サイン貰ったんだぞ!!」


更に首を捻りながら顔を輝かせる2人の話を聞きつつ視線でサンジに助けを求めると、


「あー、深く考えんな。ウソップってのはうちの狙撃手の長っ鼻だ。」

「あー、あれか、会った。てっきりそげキングだと。」


話がややこしいんだ、無駄に。と呆れ顔のサンジが、空になった皿に追加のサンドイッチを問答無用で置いて来る。何故もう1つと目で訴えれば、「食え。」とだけ言われ仕方なくまた口に運ぶ。


「チョッパーの言う通り食ったら寝ろよ。」

「………………。」

「嫌でも医務室連行すっからな。見張りなら今言ったウソップが代わりにしてっからなんかありゃ連絡が来る。だから寝てろ。」


わかったら今は食え。と次々に言うサンジ。これはどう反論しても無駄かと諦める。夜中にでも勝手に帰らせて貰おうと、密かに思うが。


「ごちそうさま。」

「おし、全部食ったな。」

「まぁ、好き嫌いがある訳でも極端な少食な訳でもないし。」


食べるという行動に何か支障がある訳ではないのだ、ただ面倒なだけで食べろと言われたら食べる。皿をサンジに渡すと、彼はそれを流しに置き、


「お手をどうぞ??」

「わざわざご苦労様。」


立ち上がろうとした私の前にやって来て手を差し延べる。別にそこまでしなくてもいいのに、とは思うが言っても無駄だから言わない。


「またふらつかれても心臓に悪いしな。」

「それはそれはご心配おかけしまして。」


棒読みで言い返すと苦笑いが返ってくる。導かれたベッドに座りブーツを脱げば額にキス。そして前髪を上げてたヘアピンが外された。前髪がパサリと音を立て落ちる。


「髪伸びたな。」

「誰かさんが伸ばせって言ったから。」


そう言い見上げると驚いたように目をぱちくりさせるサンジ。


「何か??」

「いや、本当に伸ばしてくれるとは。」

「お望みなら切りますが。」

「んにゃ、似合ってっから切んな。」


嬉しそうにへらへら笑って、頭を撫でて来た。


「あんまり撫でるな。くしゃくしゃになる。」

「あー、悪ぃ。つい。」


乱れた髪を手櫛で軽く整えてくれて、「ほら、寝ろ。」と促されるけど、枕に頭を預けるのではなく、サンジの胸の方へぽすん、と押しやれば、軽いため息をつきながらも頭を撫でて、背中に手を回してくれて、きっと甘えたいのだと思われてるだろうな、とその手の心地良さに溺れる。妙に安心する。


「マコ、」

「ん……………、」


さっきと同じ。その心地良さの中で私はまた目を閉じ、意識を手放した。





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