槿花一日。









キュッキュと床を磨く音がする。ラチェレが床を磨いているのだ。


「何か御用メェでしょうかお嬢様。」


オレがラチェレを眺めていた視線に気が付いたのか手を止め、顔、いや着ぐるみを上げる。どこに目の為の穴が開いているのか中身がどっちを向いているのかも良く分からないようなもこもこした顔を。


「いや、別に。」


そう返せば、「左様でございますか。」と軽く頭を下げた。それから数拍開けて


「先日差し上げましたご本はお気にメェしませんでしたでしょうか?」


と表情の変わらない着ぐるみが首を傾げた。


「いや、そんなことはない。どうしてだ?」


唐突な話題変更に、疑問を呈すると、「いえ、手持ち無沙汰なご様子でしたので。」と言われたが単に本は読み切ってしまっただけだ。ここのところ客もないから柄にもなく読書が捗ってしまったのだ。
モリア様のところに来て少しした頃からずっと、教育も、戦闘も何もかも教わったのはこいつからだった。ある意味親のようなものでもある。基本的にどんな命令も聞いてくれたし、なんでも教えてくれたが、一つだけどうしても教えてくれないものがある。着ぐるみの中身だ。モリア様と然程歳の変わらないらしいいい歳をした、言うならばおっさんであるこいつが何を思って着ぐるみを被り続けているのか。また、その下はどんな顔だったのか。気が付いたら着ぐるみを被っていた、いやもしかしたら最初から被っていたのかもしれないしそうでないかもしれないが、オレの記憶の中のラチェレはいつも着ぐるみ姿なのだ。
就寝時や食事時を覗いてやろうとしてもどうしてかいつもばれてしまう。極めつけには「そのように分かりやすくては敵に隙を与えるようなものでございます。」とまで来た!勿体着けずに見せてくれればいいだけだと言うのに。


「ラチェレ。」








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