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おれたち兄弟には信じられないぐらいの、笑っちまいたくなるぐらいの、巨額の借金がある。

『いいか、ルフィ。俺達は真っ当に生きるんだ。まともに地道に稼いで少しずつでも借金を減らしていこう。大丈夫だ、兄ちゃんがついてる』

いつしかこれがエースの口癖になっていた。
おれたちの父親は少しばかり人が良すぎて、真っ当じゃない人達に騙されて、散々ボロ雑巾のように使われて、そして最後に死んじまった。知らない間に入っていた生命保険の保険金で少しは借金が返せたけど、所詮は焼石に水。借金の大部分は残ったままだ。
エースは四十九日が終わってすぐに大学を辞めた。一日中、朝も昼も夜も働き詰めで少しでも借金を返せるように動き回ってた。おれも高校を辞めて働こうと思ってたんだけどエースに止められた。

『お前は何も気にしなくていい。兄ちゃんが大学まで出してやるから。しっかり勉強してろ』

おれはエースと違って頭が悪い。今通ってる高校だってスポーツ推薦を貰えたから通ってるに過ぎない。だからおれよりもエースがって言っても、頑としてエースは譲らなかった。
それから一年が経った。快活だったエースはげっそりと窶れ、眉間には常にシワが寄っていた。
エースは“真っ当な仕事”にこだわっていた。当然だ。真っ当じゃない奴らの手によって嵌められたのだから。でも、それでも“真っ当な仕事”で払い切れる額じゃ到底なかった。どんなにエースが身を粉にして働いても、節約しても、蝸牛が這う速度でしか借金は減らない。

『フッフッフッフッ!!宣言してやる!お前の兄貴がどんなに働いても借金は返し終わらねぇ!何故なら兄貴が返してるのは利子分だけだからだ!借金そのものは鐚一文減っちゃあいねぇ!』

脳裏に厭な声が蘇る。一年前、父親の葬式に場違いなピンクのコートを羽織って現れた“真っ当じゃない”やつ。
あの時はエースがすぐに追い返したけど、何故か葬式から三ヶ月後におれの前に姿を見せた。
学校の前に似つかわしくない長いリムジンで乗りつけてスモークガラス越しに、嘲笑うようにそう告げた。
そんなこと言われなくてもわかってた。少しずつ少しずつ窶れていく兄。それなのに減らない借金。
もう限界だった。崩壊はすぐそこまで迫っていた。

その日、おれはリビングのソファでぐったりと死んだように眠っているエースの顔を静かに眺めた。寝ているにも関わらず、眉間に刻まれたシワは姿を消すことはなくて、やるせなくて、どうしようもなく泣きたくなった。

「………ごめん、エース…」

エースが目を覚まさないように囁く。
おれは、今からとても酷いことをする。
散々エースが嫌悪して軽蔑していたことをする。
そのことに対する免罪符にエースは使わない。ただのおれのエゴだ。
エースの辛そうな顔を見たくない、なんておれの我が儘だ。
だから赦しも乞わない。
つらつらと物思いにふけっているとエースの目がゆっくりと開いた。

「………ん?ルフィ……?もう朝か…?」

「朝だけど、エース今日休みだろ?寝てろよ」

「いや、起きる…。朝飯食うだろ?」

「いいよ。朝飯ぐらい自分でなんとかする。いいから寝てろよ。酷い隈だ」

「いや、でも……」

「いいから!」

尚も起き上がろうとするエースを押し止めてソファに横たわらせる。

「おれもう学校行くからさ、エースは静かに寝てろよ。起きる元気があるならベッド行けよ」

「んー……わかった………」

「んじゃ、おれ行ってくるな」

なるべくエースの顔を見ないように俯きながら鞄を持って玄関へ向かう。履き潰したスニーカーに足を突っ込んで錆び付いたドアノブに手をかける。ぎぃっと軋んだ音を響かせながら外へ続く道へ一歩踏み出したそのとき。

「ルーフィー」

「んあ?」

「いってらっしゃい」

ソファから右手だけをひらひらと振るエースに、一瞬息を詰まらせて、でも変な心配をさせたくなくて出来るかぎり元気な声で応えた。

「………いってくる!」

閉ざした扉に背を預けながら制服のポケットを探る。
あの日に渡されて、何度捨てようとしても捨てられなかった、十一桁の番号が書いてある紙を握りしめた。






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