死ネタ、獣姦注意









身体が重い。頑張っても頑張っても瞼が垂れ下がってくる。
あぁ、終わりが近いんだなと悟る。
俺が生まれて間もなく引き取ってくれたジジイも、こんな気分で逝ったのかもしれねぇ。

『エースは、俺を置いてくなよ』

脳裏に蘇る3年分離れた弟の声。
ごめんなぁ……兄ちゃん、約束守れねぇや。
覚えてるか?俺の背中に乗って近所を冒険したことがあっただろう?
あのときうっかりジジイに見つかっちまって、二人揃って怒られたよな。『エースは玩具じゃないんじゃ!!』、『エースもエースで黙って乗られてるんじゃない!』って。
小学校の入学式は大変だったな。俺と離れたくないって駄々こねて泣きわめいて。こんなんで大丈夫かって心配したけど、すぐに新しい環境に夢中になっていったから安心したよ。……少し寂しかったけどな。
中学二年生だったか。ジジイが突然倒れたのは。
『お前の晴れ姿を見るまでは死ねん!!』ってずっと頑張ってくれたよな。大嫌いな勉強を一生懸命してジジイが行かせたがってた高校に受かって。合格通知と卒業証書を見せたときは本当に喜んでくれたよな。あの時、ジジイは泣いてたんだぜ。お前は気付いてなかったけど。
安心したんだろうな。高校の入学式が終わってから一週間後にぽっくり逝っちまった。
ジジイの葬式の最中ずっと気丈に振る舞ってたけど、握り締めた手が震えてたの知ってた。俺はかける言葉を持たなくて、頭を撫でる手も無くて、ただお前の側に寄り添うしかなかった。初めてこの姿に生まれた事を悔やんだよ。
昔の事ばっか思い出すのは何故なんだろうな。走馬灯ってのは人間だけの特権じゃなかったらしい。
ドアの開く音がする。学校から帰ってきたんだろう。駆け寄ってやりたいけど身体が動かねぇや。なんだか酷く眠いんだ。
俺を呼ぶ声が遠い。おいおい、何、泣きそうな顔してんだよ。
大丈夫だって、少し寝るだけだ。
起きたら散歩に行こう。綺麗な花が咲いてる場所があっただろう?あそこに行こう。
だから泣くなよ。お前は笑顔の方が似合ってる。
心配すんなよ。少し眠ったらすぐに起きるから。
「……ル、フィ…」
一回ぐらい名前を呼んでみたかったなァ。



***



「いい加減に起きるガネ!!」

眼が覚めると目の前には3と少女がいた。なんだこいつら。

「あんたら誰だ?」

怪し過ぎる二人組に思わず突っ込んだ。
そりゃそうだろ。頭に3なんてくっつけてるオッサンと少女だ。その少女は我関せずと言うようにシートの上で正座をしてお茶を煎れている。雲の上にシートなんてひけるんだな、と俺は妙なところで感心した。

「私たちは“健全な魂と崇高な愛を見守る会”だガネ!!」

「なんだそりゃ?ってか俺の言葉がわかるのか?」

「わかるとも!我々は“健全な魂と崇高な愛を見守る会”のエージェントだからネ!!」

3のオッサンが言ってる意味がわからない。俺が眉をひそめると、隣の少女がお茶を啜りながら面倒臭そうに言った。

「わかりやすく言うと、天使」

「天使ぃっ!?」

俺は眼をしばたいた。天使ってあの天使か?背中に羽が生えてて……生えてるな………。いや、あの、あれ、天使ってもうちょい可愛かったり優しそうな顔をしてるもんじゃねぇのか?俺の弟みたく。
少なくともオッサンの姿だったり、煎餅かじりながら緑茶を啜ってるようなモンじゃねぇだろ。
俺がぶつぶつと呟いているとオッサンは眼鏡の弦をインテリ風にキュッと上げて咳ばらいをした。

「ごほん、……さて、おめでとうと言わせて貰おうカネ!!」

「……厭味か?」

オッサンはニヤリと笑みを浮かべて両手を上げて言い切りやがった。俺は大切な家族を置いて来ちまったってのに、何がおめでとうだこの糞天使。

「まあまあ、そんな恐ろしい声を出すんじゃないガネ。君は幸運なことに“理想の姿に蘇り権”を獲得したんだガネ!!」

「理想の姿に蘇り権?どういう事だ?」

「つーまーり!!君の思い描く理想の姿で現世に還れるって事だガネ!」

「ただし還れるのは一日だけ」

「その通り!君に与えられた時間は24時間ピッタリしかないんだガネ!その24時間のうちで最も愛してる人間にその存在を認めてもらう!それが出来たら君はまた現世で暮らせるんだガネ!!」

「認めてもらえなかったらあの世行き」

「喜びたまえ!この権利は滅多に出ないんだガネ!!」

「おめでとー!」

「待て待て待て!俺に頭を整理する時間をくれ!!」

交互に俄かには信じ難い事を言われて頭がパンクしそうだ。

「残念だがそんな時間はないんだガネ!!」

「今こうして話してる時間もカウントされてるから」

「君の望む姿は聞かなくてもわかってるガネ!さ、この身体に入るがいい!!」

そういって3のオッサン取り出したのは二十歳前後の男の人間の石膏人形だった。あの時、心の底から、望んだ姿。

「これは私が作ったんだガネ。一応君の年齢に合わせたつもりだが、いかがカネ?」

「年齢って……俺は人間年齢に換算するとジジイだぞ?」

「爺さんの姿が望みカネ?よし、少し待っていたまえ」

「待った待った!!いい!この姿でいい!!むしろこの姿がいい!」

「はっきりしなさい!」

「その姿がいいです!お願いします!!」

少女のよくわからない威圧感に負けて何故か敬語になってしまった。なんなんだ畜生…!
俺がその人形を選ぶと少女は鞄から筆とパレットを取り出して、真っ白な石膏人形だったモノを色鮮やかに染め上げていった。
少女が筆を置いたとき、それはもう石膏人形なんかではなく今にも動き出しそうな人間そのものだった。

「すげぇ……」

思わず口から出た言葉にオッサンは得意げに微笑んだ。

「ふふん!有り難く思いたまえ!!私たちは“健全な魂と崇高な愛を見守る会”の中でも指折りのアーティストなんだガネ!!」

「じゃあ、入れるよ」

少女はオッサンの言葉を華麗にスルーして俺をわし掴みにすると人形の口の中に突っ込みはじめた。

「いだっ!!ちょ、痛い!痛い痛い痛い!マジで痛いって!!」

「我慢」

「我慢っておま……!いででででっ!!」

「男だったらみっともなく騒ぐんじゃないガネ」

オッサンは我関せずとでも言うように優雅に紅茶を飲んでやがる。くそ、3のくせに…!

「えい」

ガコンっと何か固いもので殴られると同時に俺は人形の口の中へ入り込んでいった。

「〜っ!!」

身体が四方へと一気に伸ばされたような感覚がした。バランスが上手くとれなくて、気が付いたら尻餅をついていた。

「大丈夫カネ?今はその身体は脆いのだから気をつけるんだガネ」

「存在を認めてもらえたら本当の人間になれるよ」

唖然としながら自分の右手を見遣る。本来の肉球がついた毛むくじゃらの手ではない、人間の手がそこにはあった。転んだ拍子に欠けたのか、指先が割れて元の白色が浮かんでいた。

「俺は……人間になった、のか?」

「まだ人間もどきだガネ。もどきで終わるか人間になれるかは君次第だガネ」

「……俺次第か…」

まだ状況を上手く飲み込めたわけじゃないが、俺はもう一度ルフィと出会えるらしい。俺の望んだ姿で。あのとき出来なかった事が、今なら出来る。そこまで思考が及んだところで俺の為に身体を用意してくれた二人にお礼を言おうと思った。

「ありが……」

言いかけた言葉が引っ込んだ。少女が怪しげなスイッチを持っていたからだ。

「じゃあ残された時間を有意義に」

「悔いを残さないように精々頑張るんだガネ」

え?と思う間もなく少女はスイッチを押した。俺の回りにあった雲は綺麗な円形に切り取られ、その中心に居た俺は重力に従い落ちた。

「「逝ってらっしゃーい」」

「嘘だろぉぉぉぉおおおおおっ!!!」

俺の叫びと二人の声が虚しく空へ響く。
俺は天使が嫌いになった。



***



気が付くと原っぱに倒れていた。立ち上がろうとするが上手くいかない。身体にまだ慣れていなくて思うように動かせない。やっとの思いで立ち上がると、そこはいつもの散歩コースの原っぱだった。普段と目線の高さが違うためちょっと違和感があるけど間違いない。俺が生前1番ルフィと遊んだ場所だ。
手を見るとやはり割れていて、先程のことが夢や幻なんかではないと告げる。

還ってきた。
本当に還ってきたんだ。

身体が走り出した。前のように早くはないが全速力で走る。早く、早く、と逸る心とは裏腹に身体は遅々として進まない。右へ曲がって真っ直ぐ、次の角を左へ、更に真っ直ぐずっと行ったところ。そこに俺とルフィとジジイが暮らしてた家がある。
今の俺の姿で会ってもルフィは俺を“エース”だと認識してくれないだろう。ただの変なやつと思われるだけかもしれない。
それでもいい。
早く会いたい。
会って、抱きしめたい。
走って走って、やっと家の前までたどり着いた。そのまま庭へ走る。何か悲しいことや悔しいことがあったとき、ルフィはいつもそこにいる。
馬鹿広い庭を見回すと隅の方でうずくまってる影が見えた。まだ俺には気付いていない。
声をかけようとするが走り倒したせいで息が上がって掠れた声しか出ない。焦れる心を抑えて息を整える。

「は、っ、…ルフィ!!!」

俺の声を聞いた途端に弾かれたようにこちらへ顔を向ける。見る見るうちに瞳に涙が溜まり零れ落ちた。

「エース!!!!!」

俺の名を呼び、飛び付いて来る身体を抱き留める。
その瞬間に身体の中でカチリとスイッチが入ったような気がした。耳元で天使の声が聞こえる。

『ハッピーエンドだガネ〜』

急に指先が痛み出してルフィを抱きしめたまま手を見ると割れた傷口からぬるりと生の証が溢れていた。



最高速度の
ハッピーエンド




後からルフィに聞いたらあの時の俺の声は吠え声にしか聞こえなかったらしい。
ルフィらしいというか何と言うか。
おかげでまた一緒に暮らせるから何でも良いけどな。
俺は時々空を見上げて、あのへんてこな二人組の天使を思い出す。結局お礼を言いそびれたままだ。
次に俺が寿命を全うしたときに、きちんとお礼を言おう。







…………
Mr.3ペア大好きです。





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