俺には心底嫌いな人間がいる。
そいつの名前は『トラファルガー・ロー』
不本意なことに、そいつは俺の幼なじみだったりする。

「キッドー!」

「ルフィ」

「おはよっ!!」

こいつはルフィ。俺のもう一人の幼なじみで、俺の恋人だ。

「寝癖ついてんぞ」

「しししっ!今日は寝坊しちまったからなー」

「いつもだろ」

「失敬だな!」

くだらないことを話ながらトラファルガーの野郎が来るのを待つ。はっきり言って置いて行きたいが、ルフィが3人での登校を望んでいるから仕方ない。

「おはよう麦わら屋、……ユースタス屋」

「おはよう、ロー!おれより遅いなんて珍しいじゃん!」

「最近寝不足でな」

「お前はいつも寝不足だろ。万年クマ野郎」

「黙れチューリップ閣下」

「朝っぱらから喧嘩すんなよ!ほら、行くぞ!」

そう言って俺の手を握って引っ張っていく。ルフィに先導されながら昨日見たテレビの話や、歴史の宿題についてなどの取り留めのない会話をして学校へ向かった。

俺とトラファルガーは互いに嫌っている。当然顔を見合わせれば口喧嘩から殴り合いに発展する。
それでも毎日の登下校、おまけに昼食まで共にするのは訳がある。
ルフィがそれを望むからとは別に、もう一つ。



***



「っぷはーっ!!食った食ったー!!!」

「本当お前はほっせーくせに良く食うな」

「そうかー?しししっ!」

「麦わら屋はミルクのみ人形だな。食べてもすぐ動いて消化する」

「不思議人形だな!」

「お前の事だろ」

「しししっ!い〜ぃ天気だなぁー!」

俺達は屋上で昼飯を食っていた。ルフィはごろんと猫のように横になり勝手に俺の膝を枕がわりにする。
正座なんてしてるはずもなく、胡座をかいているのだから寝にくいはずだ。それなのにルフィは気持ち良さそうに眼をつむっている。

「こら、てめぇ勝手に寝るな」

「んー。気持ちいいぞー」

「んなこと聞いてねぇよ」

「しししっ!キッドのにおいがする」

「そりゃ俺から俺の匂いがしなかったらおかしいだろ」

少し固めの黒髪を撫でながらちらりとトラファルガーの方を見遣る。あいつは何かに堪えるように握りこぶしを作り俯いていた。
腹の底から笑い出したくなるのを抑えてパックジュースを飲み干す。その音を合図にしたかのようにトラファルガーは顔を上げた。

「……俺、飲み物買ってくるな。麦わら屋は何か要るか?」

「いちごみるくー!」

「俺はコーヒー。ブラックな」

「てめぇの分はねぇよ」

憎まれ口を叩きつつ立ち上がり、ひらひらと手を振って歩きだした。その背中を眺めていたルフィは唐突に起き上がるって叫ぶ。

「あ!そーだ、ロー!!」

「なんだ?麦わら屋」

「お前ちゃんと名前で呼べよな!なんとか屋〜とかじゃなくって!!前みたいにさ!」

「……、気が向いたらな」

「なんでだよ!ロー!」

「気にするなよ、麦わら屋」

トラファルガーの返答に露骨に顔をしかめて俺の膝へ寝転がる。「前は普通に呼んでたのに」とかなんとかぶつぶつ呟きながら俺の腰に抱き着いてきた。

「なんでおれのこと名前で呼んでくんねぇのかな?」

「あいつは俺の事も名前で呼ばねぇじゃねぇか」

「それは昔からだろ。……俺、嫌われたのか?」

小さな声で零すと抱き着く力が更に強まる。いつもはうるせぇくらいに響くアルトが今は驚くほど静かだ。

「トラファルガーのことなんか気にするな。あいつは今思春期なんだ」

「…なんだよそれー」

「俺がいるだろ?」

ぐしゃぐしゃと髪を掻き回してうなじに唇を落とす。わざとリップ音を出して何度も何度も。
だんだん擽ったくなってきたのか身をよじって笑い出した。

「止めろよー!」

「生意気な事を言うのはこの口か?」

「しししっ!…おれ、やっぱりキッドが好きだ!!」

「そうかよ」

「ひっでぇ、そこはおれもだって言うところだろー!!」

「誰が言うか」

ひとしきりじゃれ合った後に唇を重ねる。舌を絡め合うような粘着質なキスではなく触れるだけのキスを繰り返した。
眼の端に大嫌いなあいつを映しながら。

俺には心底嫌いな人間がいる。
そいつの名前は『トラファルガー・ロー』
俺が羨む物を山ほど持っていて、欲しいものは全部手に入れていくあいつは俺のコンプレックスを刺激する。
そんなトラファルガーに唯一優越感を持てるのはルフィと居るときだ。ルフィだけは絶対にトラファルガーのものにならない。昔からルフィが取るのは俺の手だ。
どんなに努力してもルフィがあいつに靡くことはない。それを誰よりもわかってるくせにルフィから離れられないトラファルガーを見るのは愉快だ。あの嫉妬と羨望の入り混じった視線は心地好い。

ルフィが名前を呼ばれない意味に気付くのが先か、トラファルガーが諦めるのが先か。どちらかが終わりを告げない限りこの茶番は明日も続くのだろう。
泡沫の優越感と微かな苦味を噛み締めながら今日も俺は愛を紡ぐ。

「俺もだ」



苦い言葉






………
思いの外キッドが情けない人になりました。ちゃんとキッドもルフィのこと好きです





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