砂の国で出会ったあいつは愚直なまでに真っ直ぐな瞳をしていた。
あの瞳の先に見据えているのはいつも甘っちょろい夢物語ばかりで、何一つ見捨てないで拾えるものは全部拾っていく。
そんな眼をしていたのに。
それが今はどうだ?
兄を目の前で失ってからのあの眼はなんだ。まるで死んでやがる。
それでまだ泣いたり喚いたりして感情を落ち着かせるならまだしも、なんだあの表情は。
まるで抜け殻だ。虚ろで腑抜けてやがる。
麦藁の仲間たちは何故、何もしないであのままで放置していやがる。
ここまで思考したところでクロコダイルは葉巻から口を離す。
甲板からは独特の少し高めの声が響いている。
「見ろよ、ウソップ!チョッパー!!すんげぇーでけぇ魚だぞ!!!」
「すげー!!さすがルフィだな!」
「よーし、よくやったルフィ!」
「しししっ!今日はご馳走だな!!」
その一見微笑ましい光景を眺めながら「いや、違うな」と思う。
放置してるんじゃねぇ。何も出来ねぇんだ。
あいつらは事の顛末は知っていても実情は知らねぇ。あのクソガキがどれだけ無茶苦茶な事をしでかしたのか、どれだけ必死だったのかを、知らねぇ。
慰められるわけもねぇ。知りもしないことで傷付いてる奴にかける言葉なんて、この馬鹿正直な仲間達は誰ひとりとして持っちゃいないんだろう。
そう結論付けてまた葉巻を口にやる。不思議といつもは旨いと感じるはずの葉巻の味が何故か酷く曖昧だ。
自分らしくないと、思う。だけどあの歪んだ笑顔を見ていたくないと感じていた。
「…………ちっ!」
クロコダイルは不愉快そうに葉巻を海へ投げ捨てると、巨大な魚を釣り上げたとはしゃぐルフィの腕を掴んだ。
「ちょっと来い、麦藁」
「何だよワニ!おれ今ウソップ達と釣りしてんだ!!」
クロコダイルはルフィの返事も聞かずに腕を引っ張っていく。
ルフィはクロコダイルの言いなりになるもんかと甲板の柵にしがみつくも、「面倒臭ぇことすんじゃねぇ」とばかりに鈎爪で引っ掻かれ呆気なく引きはがされた。
クロコダイルはそのままズルズルと男部屋まで連れていくとルフィを先に中へ放り込むと、己も後に続きドアを背にする形で出口を塞ぐ。
「もー!なんだよ!!せっかく楽しく釣りしてたのに!!」
ルフィはわけもわからず連れてこられたせいでかなり不機嫌そうにクロコダイルへ詰め寄る。
「おれはお前に話なんかないぞ!わかったらそこどけよ!!」
「いいか、麦藁」
ルフィの言葉を遮るように低い声で囁く。
「俺はテメェの仲間じゃねぇ」
「当たり前だろ!誰がワニなんか仲間にするか!!」
「仲間じゃねぇから船長ぶる必要もねぇ」
「?……意味わかんねぇぞ?」
「仲間じゃねぇから気を張る必要もねぇ」
「だから!言ってる意味がわかんねぇって!」
「テメェはガキだ。ガキが大人ぶってんじゃねぇよ」
「何が言いてぇんだ!」
「大人ぶって、我慢してんじゃねぇよ」
「っ……!我慢なんかしてねぇっ!」
「そんな歪んだ顔なんざ見たくねぇんだよ。気色悪ぃ」
もう言葉を尽くすのも面倒臭くなり抱きしめる。
「胸ぐらい貸してやるから泣いちまえ」
暫くは逃れようと暴れていたがやがて小さく肩が震えはじめ、嗚咽が聞こえてきた。
泣き終わったら、またいつものあの瞳に戻るだろう。
だからそれまでは思い切り
泣いちまえ
…………
仲間と再会したらルフィは泣けないだろうなぁ、という妄想から生まれました