苦しい、息が出来ない。何故?赤、赤、赤
確かにあなたの温もりを感じたのに
脳裏に蘇る最後の言葉

『愛してくれて……ありがとう!!!』

「……!!」

なんとか捕まえようと、追い縋ろうと宙に伸びる手。しかしそれは空を切った。

嫌だ、行くな。行くなエース。行くな。おれを置いて行くな。
だって言ったじゃねぇか。“約束だ”って“!おれは絶対死なねェ!!”って言ったじゃねぇか!!!

「……っ!!……、…ぅっ!!」

遡る記憶。立ちはだかる巨大な正義

『貴様ら兄弟だけは絶対逃がさん!!!』

『よう見ちょれ…!』

倒れ込む、兄
目の前に広がる赤
赤、赤、朱、朱、緋
すべてを焼き尽くす灼熱と他の侵入を赦さない緋色
襲いくる緋

「……っぁああああああ!!!!」

迫りくる魔手から逃れようと兄を救おうと闇雲に暴れるが、痛みのため上手く動けない。ルフィは生気の篭らない目から涙を零しながら必死で悪夢に抵抗する。

「どうした、ベポ!」

治療室の隣に居たローはルフィの悲痛な叫び声を聞いて飛び込んできた。ベポは暴れるルフィを押さえ付けながら叫ぶ。

「キャプテン!麦藁が錯乱してる!!」

「鎮静剤と麻酔を!」

ローは引き出しから注射器を取り出すとその中に薬品を必要分満たす。
未だ暴れるルフィを押さえ付けたままのベポの反対側に行き、青白くなった細い腕を取り薬品を注入する。

「………っ!」

注射された事によって僅かに身じろぐが、だんだん身体から力が抜けて行き呼吸が穏やかになっていった。
見開かれたままのルフィの瞳が静かに閉じられていくのを見て、漸くローとベポは緊張の糸を解いた。



「キャプテン、麦藁は元の麦藁に戻るのかな……?」

ルフィが暴れた弾みで外れた点滴を付けなおしながらベポはローに尋ねる。
シャボンディ諸島で見た、天真爛漫なルフィは、向日葵のような笑顔は取り戻せるのだろうか

「さあな。おれは外科医だ。精神科医じゃない」

身体の傷は癒せても、心の傷はなかなか癒せない。
そしてそれを出来るのは、こいつの仲間だけだろう。
言外にそう伝えると、ベポはちょっと悲しそうな表情を浮かべ「新しい点滴とってくる」と告げて部屋を出た。
治療室に一人残されたローは今は穏やかに眠るルフィを見つめる。

おれが出来るのはここまでだ。ここから先はおれが踏み込める領域じゃない
踏み込んでいい領域じゃあ、ない
おれとこいつは敵同士だ
いずれ戦うことになる
海賊とはそういうものだ

そう思う心とは裏腹に、ルフィの顔へ手が伸びる。少し汗ばんだ皮膚が手になじむ。もっと触れたくなって頭を撫でる。

「本当に世話の焼ける奴だな、お前は」

さらさらとした髪に指を絡めながら呟くように語りかける。
今この潜水艦はシャボンディ諸島に向かっていた。コーティングが済んだであろうルフィの船を回収する為に。そして、必ずそこに集うであろう仲間に合わせるために。

「勘違いするなよ麦わら屋。お前のためじゃない。昔の約束を果たすだけだからな」

『………頼んだぜ、ロー。世話の焼ける奴だけどな……』

あの日の約束を果たす。それだけのために危険なマリンフォードまで仲間の反対を押し切ってやってきたのだ。

「気を楽にしていろ、すぐに仲間に合わせてやる」

髪に絡めていた指を解き、額に浮かぶ汗を拭ってやる。名残惜しげにもう一度頭を撫でるとローはベッドから離れ、静かに扉の方へ向かった。

「………えー…すぅ………」

小さな小さなルフィの声が耳に届く。
一瞬振り返りそうになるが、押し止め、軽く頭を振る。
ちりちりと胸の奥が痛い気がするが、気のせいだ。
そんな感情を敵船の船長に抱いていい訳がねぇ。
抱く訳がねぇ。

「っち!早く良くなりやがれ、馬鹿わら屋」

ローは舌打ちをすると悪態をつきながら部屋から出た。





目覚めたとき、もう何処にもあなたがいないなんて




…………
女ヶ島につくまでの航海の妄想
タイトルはルフィ視点でもロー視点でもお好きにどうぞ





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