ひとりのキス

※メインシナリオのクリア後にお読みください。ホラーです。
※まともなやつは賢呪の章にある「ふたりでいるんだ」がこちらの作品のパラレル展開です。


雨が赤子が泣くような勢いで降っています。
真っ暗で明かりもなく、きっと寂しいのでしょう。

わたしはトーストに特上の蜜をかけて、夜食にしていました。
ざーざー、わーわー、空が泣いています。
胸騒ぎと頭痛がひどくて、何となくイライラしていました。

「もう休もうかな」

わたしは顔を洗おうと、宿屋の浴室へ行きました。

すると、鏡の中には、小さな子がいました。

――さみしいよう。

鏡の中の者はそう言いました。

(ああ、この声は覚えているよ)

わたしが恐ろしい存在になっていた時に、共に居た執念というか、「呪い」でした。

「あなたは消えたはずなのに、なぜ口がきけるのですか。」

鏡の中の一つしかない目玉は涙を流しています。

ゴロゴロ。遠くで雷が鳴り、部屋の中の全ての電気が消えました。
暗がりの中で、鏡の中の片目だけが残っています。

――また、いっしょにいたいよ。

その声は甘く悲しい物でした。
まるで初恋のように切なく、行きずりの恋のように後ろめたくも甘い誘惑を感じました。

「どうすればいい?」

――触れてほしい。名前を呼んでほしい。

そっと鏡に触れました。透き通り、ところどころ汚れているガラスの鏡は、氷の棺のようでした。

「あなた、名前は?」

――呪いの子。

ガラス越しに、あなたが優しい笑みを浮かべました。
それは子供のような笑みで、でも、作り笑いのようにも見えました。

「笑い方も忘れてしまったのですね。」

わたしは呪いの子の額にキスをしました。
あなたは(もっとキスしてよ)と脳髄にささやきました。
雷が音を奪い、雨と冷たい風が体温を奪う中、私は鏡に触れ、唇と舌、指をあなたに預けました。

そっと、暗闇にぼうっと浮かぶ片目にキスをし、「呪いの子、」と囁きました。
あなたは満足したのか、消えてしまっていました。

「どうして、わたしを置いていくんだ……!」

わたしはようやく、唇をよだれまみれにして泣いていることに気づきました。

(ああ、ああ、やり直すことができたらいいのに!)

雨は止まず、しかし、雷と暗闇が姿をそっと隠してくれました。

#2022.5.31-0:20


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