僕ははじめてキスをした
人間に戻って初めての夜、僕ははじめてキスをしてもらった。一瞬唇が触れただけだけれど。しばらくよくわからなかったけど僕はその施しに目眩がした。
「今日からわたしがあなたを導きます。共に学び、共に育ちましょう。」
大賢者さんはそう笑った。焚き火が恥ずかしげにぱちぱちと拍手して、星空は静かに瞬いた。夜なのに花の匂いがする。
季節はちょうど春。僕と大賢者さんは焚き火を囲いパンケーキを焼いていた。
「わたしはガンメンガの蜜をたっぷりかけたパンケーキに目がなくて…サイショーといえばガンメンガの蜜の産地ですから」
大賢者さんはパンケーキをお皿に乗せて、蜜をどばっとたくさんかけた。
「はい、あなたの分ですよ。」
初めてのそれはピンク色にてらてらと輝き、少し不気味だった。
生クリームのスプレーで顔が描いてある。
「「いただきます。」」
僕にとって、初めて親以外の知り合いとおやつを食べた瞬間だった。ほかほかふわふわとした、暖かくてやわらかい食感が、僕の緊張を解いてくれた。
「いかがですか。」
「ガンメンガの蜜を初めて食べた…怖いけどおいしいね。」
大賢者さんは笑って「よかった」と言い、僕の頬に手を添えた。
「少しじっとしててくださいね…」
額に何かが触れた。それが大賢者さんの唇だと気づくまで30秒くらいかかった。
「今日からわたしがあなたを導きます。共に学び、共に育ちましょう。」
そう言って、大賢者さんは笑った。
「今日はたくさん学びましたね。ガンメンガの蜜の産地、牛乳の絞り方、火の起こし方、パンケーキの焼き方。明日からは厳しくしますからね、覚悟してください。」
僕は何が起きたか理解できず、ぽかんとしていた。嫌ではないけど、初対面同然の状態でキスはない。
僕はどきどきしてなかなか眠れなくて、大賢者さんの手をそっと握っていた。
僕の手が冷たいことに気づいたけれど、それでも手を握り続けた。
「眠れないのですか。」
大賢者さんは眠たそうにそう言うと、毛布の中に僕を引きずり込んだ。
「冷たいのはお手手だけですね。」
僕を抱き寄せ、わしわしと頭を撫でた。
「そういえば、額へのキスの意味を教えていませんでしたね。あれは、」
どきどきしながら僕らは見つめ合う。しばらくして大賢者さんは笑いながら言った。
「友愛ですよ。」
僕らはたまらず笑ってしまった。
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