過不足のない世界
「時臣さま、」
使い魔である少女の呼びかけになんだい、と時臣は顔を上げた。ちょうど書類も一段落したところだったので。
少女は昨日と同じく銀色の盆に菓子を乗せていた。
「今日はなんだい?」
「今日は、クッキーです。さすがに二日連続してケーキというのはどうかと思いました、」
あぁいやそうじゃなくて、と時臣は軽く手を振った。
「私の誕生日は昨日だったはずだが、」
「今日が何の日、かということでしたら、今日は、父の日です」
皿を机に置き、空の盆を胸に抱いて少女は笑った。
「凛さまと桜さまに作り方を教えていただいたのです。」
「君が作ったのかい?」
「えぇ、ほ、ほとんどお二人に手伝ってもらいましたが。私を作ったのが時臣さまなら、その、時臣さまが私の父親みたいなものだと思いまし、て、」
途中から顔を伏せ、言葉も途切れがちになった。すっすいません生意気なことを言って!
そう言って少女はお盆を持って走り去って行った。少女を慌てて呼び止める娘たちの声が小さく聞こえる。可愛い娘たちが戻ってくるまで待つべきだろう。しかし、
(つまみ食いくらいは許されるはずだ)
一枚だけつまんだ狐色のそれは、さくさくと軽い音を立て時臣に飲み込まれていった。
過不足のない世界
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