優しい呼吸の仕方を知らない
息を吸い込むたびにぼろぼろと涙がこぼれてしまうのはきっとこいつが悪いのだ。そうに違いない。こいつの、いつもよりずっと高い体温にあてられたのだ。
(これ以上泣いたらきっと、目玉が溶けて流れ落ちてしまう。)
泣き止め、と自分の脳は命令しているのに涙腺は従ってくれない。
彼のワイシャツからは、清潔な匂いがする。見掛けによらず。
こいつはこんな男なんだ。昔からそうだった。そんなの私がよく知っている。
私は無理やりに顔を上げる。うっすらと奴の赤い目が見える。
いつも騒がしい奴なのに、今に限って何もいわずに渡しを抱きしめて、私の背中をなでている。
「お前の泣き顔なんて、初めて見た。」
ぼそり、と奴はつぶやく。もっと泣いてもいいんだぞとも。
「誰が、あんたの目の前で何回も泣かなくちゃいけないのよ」
こんなこと、一度きりでたくさんだ。心臓のあたりが苦しいのは、泣きすぎたせいに違いがない。
優しい呼吸の仕方を知らない
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