あの花は夢の庭に咲いている

珍しく今日は夢を見た。さわさわと風の走る草原に私は一人立っていた。
朝露にブーツのつま先が濡れる。スカートをなびかせながら、私はここがどこだか記憶をたどる。私個人のあやふやとした思い出の中にこの場所はあった。
今は大きな街の下に眠っているここは、私が少年だった頃、倒れるまで走り回ったあの草原そのものだった。ふいに、懐かしさとそれと何故かもどかしさが私の中心を突き上げる。

私は走りにくい靴であるのにも構わずに走り出した。うっすらとかかっている靄がスカートの裾を湿らせていく。一本大きな木が立っている丘のふもとで私は足を止める。
どこまでも続く緑の中に、ぽつん、と白い花が咲いていた。私の足元にも一輪。
そのまま立ち尽くしてぼうっとそれを見下ろしていると、誰かがしゃがみこんでその白い花を手折った。その手はよく日に焼けていて、刀傷らしい切り傷や剣を持つ者特有の場所にたこがあったりなどしていた。その人が立ち上がるのに釣られて私は視線を上げる。
花に口付けているその人は、やけに見慣れた顔をしていた。
彼はよぉ、と私に笑いかける。

「よぉ、もう一人の俺」
「はじめまして、もう一人の私」
その答えに彼は、私と同じ色の目を愉快そうに細めた。
お近づきの印に、と彼はその花を私に差し出した。彼が片手で差し出すそれを私は両手で受け取る。
彼の方が手が大きい。彼の方が背も高いし肩幅も広い。胸部のシルエットは随分と平坦だ。私は笑いだしてしまう。彼も私につられて笑いだした。ひとしきり笑い転げ、収まったあとでそういえばと私は口を開く。
「ねぇ、そっちは楽しい」
楽しいよ、と彼はあっさりと答えた。そっちは?と彼も聞く。
私は答えようと、して、

そこで目が覚めた。
私はのろのろと起き上がる。胸元から音もなく滑り落ちたのは、くたりとしおれた白い花だった。

あの花は夢の庭に咲いている



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