愛を歌うまでもなく

私と出会う前の彼はさぞかし名の知れた歌うたいだったらしい。

「そういうのは歌手というもんじゃないか?またずいぶん時代かかった言葉だな、そりゃ」

彼は苦笑する。つい見とれてしまう。きっとほかの女子が見ていたらただではすまない。彼も私も。

「とても謎めいた設定ですよね。高校教師、元は歌い手。」

設定。ね。と彼はまた苦笑する。

「いつか真相をすべて教えてくれますか」

「……そんないいもんじゃないぞ」

「肯定として受け取りますよ」

「勝手にしろ」

私は筆箱をつかんだ。彼と二人きりの時間はとても貴重だ。あまり一緒にいすぎてもまずいのだもの。さすがに教師と生徒だし。

けれどそういうのに気を使う彼がこうして多少なりとも二人きりに時間を、さり気なく作ってくれている時点で、私はうぬぼれてしまうのだ。

愛を歌うまでもなく



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