終息への賛辞
人の不幸は蜜の味、という持論はあれど一応仮にも神父であり、本業をおろそかにするわけにはいかない。
「早まったことはやめなさい」
さも優しい神父である、というような声色で私は彼女に呼びかけた。最近すっかり彼女の容態が安定しており、だから、油断していたのだ。
弾んだような声で彼女は言う。一度死んで見るのもいいかと思って。
もう一度私が同じことを繰り返すと彼女はその台詞が終わらないうちに彼女は飛び降りた。
彼女はただの人間である。まず助からないだろう。
傍らを見ると彼女の日記が開かれたまま風にはためいていた。
私はそれを拾い上げページを閉じる。彼女の世界はもう、終わったのだ。
(私に頼めば、終わらせてやったものを)
この気持ちが妻の死のときに抱いたそれなのか、私にはわからなかった。
あまりにも昔のことすぎたのだ。
終息への賛辞
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