彼女の愛した


「はじめまして、君の名前は?」

「僕はN」

今日でこのやりとりは100回目である。記念すべき数字だ。

「なるほど自然数か、それはすばらしい。」

今茶でも淹れようか、と彼女は慣れた手つきで茶を淹れ始める。

僕は彼女の邪魔にならないように彼女の背後に回り、彼女をそっと抱きしめた。

くすぐったいと笑う彼女。

「僕はあなたのことが好きなんです」

「そうか、私も君のことは好ましく思っている。」

こんな初対面の変人でよいのなら私も、君の思いを受け取るのはやぶさかではない。と彼女は言う。

「かまいません」

「そうか、なら喜んで」

そう彼女は言ってお茶が入ったよ、とカップを二つ持ち上げた。

(ここまでで同じやり取りを10回。)

「おや、どうしたんだそんなにぼろぼろ泣いて」

あまり男性が涙を安売りするものではないよ、と彼女は僕を抱きしめ返した。もちろん持ち上げたカップは置いて。

「君は一人ではない。君には自然数と、私がいる」

彼女のポケットから覗く単語帳はメモ帳なのだと僕は知っている。その中に書いてある言葉も一つだけ。

『私は記憶が一日しかもたない』


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