私を待ってくれているのに申し訳ないが、人気のない手洗い場(女子)の前で立ち尽くしているノボリさん、というのは中々にシュールだった。
顔を洗った私は、ノボリさんに礼を言って、そしてノボリさんが駅員室まで送ってくれることになった(一度は断ったのだが、ノボリさんに押し切られた。)。
「思えば、一目ぼれだったのだと思います」
ノボリさんがそう唐突に口を開いた。
「私に、ですか?」
思わず間の抜けた返事をしてしまうと彼はえぇ、と首肯した。
「以前トウコ様に、何故”レイシ様”とお呼びしているのかと指摘を受けたことがあります」
「……そういえば」
そう私は答えたが、無意識下でずっと気にしていたのだ。自覚したのはついさっきだけれど。
部下として認められていないのか、という他に
「カミツレさんも、ノボリさんに呼び捨てにされていましたよね」
「あぁ、カミツレは、あれは昔なじみです。クダリと同じようなものです」
少しだけほっとした。何と私はカミツレさんに嫉妬していたのか。
ノボリさんは話を続ける。
「おそらく私は、レイシ様に対し無意識に特別な思いを抱いておりました。きっとそこから来ているのでしょう。上司として公平ではありませんでした。申し訳ありません」
「いえ、そんなに謝らなくても」
気にしていたのは事実だけれど、私はうれしいのだ。確かに私はノボリさんに愛されている。
「到着しました」
ノボリさんが駅員室のドアを開けてくれた。ちょうどそのタイミングで、ぱん、という乾いた音が響いた。
「!?」
「ノボリ、レイシおめでとー!」
クダリさんの祝辞を皮切りに皆が口々に祝いの言葉をあびせてくれた。
ノボリさんは一瞬呆然としていたが、すぐに手短に礼を言った後、仕事に戻ってくださいまし!と皆を叱った。特にクダリさんに。
「あなたがはめを外してどうするのです!」
半ばクダリさんを引きずるようにして去って行った。
「照れてるな、黒いボス」
クラウドさんが面白そうに呟いた