別に彼に謝ってもらうことはなにもないというのに


「あっあのっカミツレさん!」

もう、手、大丈夫です、と私が言うとカミツレさんはあらそう、と手を離した。

「ごめんなさいね。ミスターノボリ、鈍感なの」

何について謝られているのかはわからないが、ノボリさんが鈍感だというのは分かる気がする。

昔からあの人そうなの、と笑うカミツレさんはやはりとても可愛い。さすがスーパーモデル。

そういえばノボリさんも背が高くて整った顔をしているし言うなれば、美男美女同士である。

しかも話を聞いている限り、幼馴染なのだろう。

(うらやましい)

そう思って、はっとした。うらやましい?何故?誰に?

「あなたも充分鈍感ね」

「へ?」

カミツレさんはそう呟くと、今度こそ控え室に消えた。

入れ替わりに走って来たのはノボリさんである。

「カミツレが迷惑をおかけしたようで、真に申し訳ありません」

「いえ、別に大丈夫です」

だってこれも仕事なのだ。上司に謝られるようなことは何もない。

ノボリさんはどこか安心したように

「そういえば、マルチトレインに挑戦する日はいつに致しましょうか?」

と話を変えた。

私はそれにあえて突っ込まず、次の休日を提案した。