今日は彼が補習をしてくれる日だった。
「…………そういえば筆箱だとか、その、大丈夫か?」
「えぇ、おかげさまで」
休みから復帰したらぱったりとそういうのが止んでいた。
理事長は一体何をしたのか分からない。若干考えたくも無いような。
「本当にありがとうございます、ネイガウス先生」
「いや、実際に対処したのは学園長だ。」
「学園長に伝えてくださったのは先生なので」
「そうか」
彼はテキストに目線を戻すと問題の解説を始めた。
そういえば彼をここまで間近で見たことなどあまりない。
この、彼の授業準備室には何回か出入りしたことはあるが、彼と隣に座るなどそんな事は一度もない。
「――なので、魔方陣のこの空白に入る文字は――」
しかしながら彼はこの顔の近さでも、手を少し前方に伸ばせばすぐ届く距離にいても、私の事をなんとも思わないのだ。
それはそうだ。だって私が彼を一方的に好きなだけなのだから。
最近いろいろなことがあって少々贅沢になっているだけなのだ。
だから考えるな、この気持ちが届けばいいなんて。
彼の声が白紙に落ちる。そうだちゃんとノートをとっておかなければ。
ちゃんと勉強しないと彼を守るなんてそんな位置には――
彼の顔が滲んで見えた。なのに彼が焦る気配ははっきり分かった。
「あ、すいま、せ、」
つい、気が緩んで、とどうにか言い訳をすると彼は私が病みあがりといじめ解決によるメンタル面のふらつきと解釈してくれたらしい。
「ごめ、ん、なさい」
「謝るな」
彼が私の頭にぽんと手を置いた。そのままぐしぐしと頭を撫でられる。
「あぁ、そうだ」
彼はごそごそとコートポケットを探り、私の手に探り当てたそれをころんと乗せた。
「ありがとう、ございます」
それは苺飴であった。なんとなく生徒扱いではない気がする。特別扱いもとい子供扱いか。
それでも何かが少しだけ、楽になったのは確かなのだ。
白紙に這う赤い囁き
君は特別だから飴をあげる