涙さえも
彼にはそもそも表情の類が存在しない。
少なくとも私が直接見る彼にはまったく存在しない。
「幽の涙腺とかってどうなってるの?」
「どうなってるのって言われても……」
ほら、今も、家で恋人とくつろいでるときにそんな事言われても困ったような表情をしない。
「……公私の切り替えができてるんじゃないかな」
「普通逆だけどね」
別に彼の表情筋が私の前で一ミリたりとも動かないことについては別に寂しいとか思ってないし。
いくら創作で演技で現実の団体とか事件と関係なくても、私より美人な女優さんやアイドルの前では普通に笑ってることについても悔しいとか思ってないし。
「どうしたの?」
「え?」
いつの間にかぼろぼろ泣いていた。
「べつにっ……なんでもない……から」
自分で涙をぬぐおうとしたら幽が接近してきて無言で涙をぐしぐしとぬぐわれた。袖で。
あれたしかブランド品じゃなかったか。幽はしれっといいもん着てるから。
「……ごめんね」
「幽に謝られることじゃない」
自分の勝手な考えだ。
「……でも、泣けなくてごめん。君の前で笑えなくてごめん」
「幽は悪くない」
「……ありがとう」
かれはわらうこともなくこともできないけれどそのこわいろがやさしいことをわたしはしっている。
涙さえも涙さえも
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幽くんは言葉を選んでしゃべる気がする
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