あの日を忘れさせて
きっと、ぱきり、と硬くて冷たい音がしたのだと思う。その日の彼の目の前で。
はぁ、と白い息を吐く彼。白い肌がうっすらとあかい。
ぱきりと凍った水溜りを踏み砕いて彼はこちらを向いた。
「行くかぁ」
「うん」
彼の生身のほうの手を掴む。それでも彼の体温は低いので、冷たいのだが。
「あったけぇ」
「ありがとう」
私はそう彼にお礼を言って、更に手をぎゅうと握った、
もう十数年も前になるあの日から、彼の大切な人が凍りづけにされたあの日に、
彼が戻っていってしまわないように。
(だってどうせ、忘れることなどできないのでしょう?)
あの日を忘れさせて
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