いない

「藤本」

兄上が奴の名前を呼んでいる。自分はあんな声で呼んでもらえたことは無いのに。

(色っぽい)

あぁでも藤本獅郎はもういないのだ!

あの憎らしい人間(兄上にとっては愛すべき人間)は、人間らしく死んだのだ!

しかし兄上の夢の中では残念ながら彼はまだ存命らしい。

人は人らしく死んだらさっさと退場願いたい。

「獅郎」

兄上は奴のせいで随分腑抜けてしまったから、自分が兄上を元に戻さねば。

「兄上」

「アマイモン……?」

兄上、いつの間にそんな腑抜けた顔をするようになってしまったのですか。

随分と人間臭くなった。

「兄上、藤本獅郎はもういないのです」

ぱりんと音がして何が砕けたのかと思ったらきっと兄上の作り上げたこの世界が壊れた音に思い当たった。

いない



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