09:15 サマースナイパー(くるり)で木兎さん
▼彼女の指に一筋の切り傷が走っていたのを、木兎は見咎めた。
「朝、グラスを割っちゃって」
青いガラスのそれを気に入っていたのに、と彼女は言った。
何回か彼女の家に行ったのに、木兎はそのグラスを頭に描けなかった。
ただ見たことがないからかもしれないし、見たことがあっても木兎はグラスなんて気にしない。ただ彼女の机に置かれた、小学生の頃の彼女の写真を見ていたのを覚えている。
幼い彼女の隣にいる誰かに、木兎は知らないうちに嫉妬している。
彼女は切った指先を、落ち着かなさ下に他の指とすりあわせる。
木兎はとっさに彼女の手を握った。木兎の手の熱さに、彼女はびくりと体を震わせる。
今年も蝉が鳴き始めた。
▼男子バレー部一同で、海に行こうぜという話になったらしい。
マネージャーの人たちも来るので、という赤葦君の耳打ちで、私も行くことにした。
(木兎はその横で、「一緒に行こうぜ!」とばかり騒いでいた)
海に着くと、木兎は一人先走って波をはね散らかしていた。
しかし足を滑らせて彼が一瞬波間に消えたときには皆の顔から血の気が引いた。
すぐに、ヘイヘイへーイ!と起き上がった木兎を、皆がこづいていた。
昼食のあと、私がかき氷をじゃくじゃくと食べていると、木兎が近づいてきた。
パラソルの影の下で、彼の目と濡れた肌が光っている。ひとくちくれよ、と木兎は私の手をとってかき氷を口に含んだ。さっきのはずみでか、彼の唇の端が切れている。
私はそれに手を伸ばす。木兎は何も言わない。
「くちびる、」
彼はその小さな切れ目に、今更気がついたらしい。べろり、と赤い舌で唇をなめた。
かき氷の入った薄いプラスチックの容器がびっしょりと汗をかいている。
夏の海の生臭いような臭いがする。
彼の唇は生ぬるかった。