16:30 ふりー二期始まるちょっと前に書いた遙さん
▼彼は知っている
生まれ変わったら魚になりたい、と彼女は言った。
朝早く電車に乗って、町の水族館へ二人きりで行ったのだ。
ふと、遙は思い出した。ついさっきのことなのに、どうして忘れていたのだろう。
館内には彼女と自分以外誰もいなかった。
けれど、彼女はそのことを不思議に思っていないようで、進む足取りは軽い。
小さな水槽を、顔を寄せて覗き込んだ彼女の瞳に青い光が映りこんでいる。
大水槽のガラスに彼女はひたりと手を当てた。
目の前をゆっくりと通過していくマンタに彼女は目を輝かせる。
「この中で泳ぐことができたらいいのに」
と彼女が言ったので、遙はどきりとして水槽から視線を彼女へ移した。
そう、思ったでしょう。と彼女は笑った。
「分かるに決まってるわ。でもそれは私があなたの理解者だからじゃなく、これがあなたの見ている夢だからよ」
現実の私は、あなたが思っているほどあなたのことを理解できていないわ。
遙は更に思い出す。水族館へ行ったのは本とだ。
だけどそこで彼女が言った台詞は。遙は無意識のうちに口を開く。
彼女の声が重なる。
「生まれ変わったら魚にでもなりたいわ」
ぴしり、と厚いはずのガラスにひびが入った。
そのまま水圧に耐え切れず水が、魚がこちらへ押し寄せてくる。
あたりは潮のにおいに包まれる。
あまりに一瞬だったので、遙は彼女に手を伸ばすことすらできなかった。
気がつくと、彼はいるかになっていた。
そうしてどこかの冷たい海を、一人静かに泳いでいた。
その途中に遙は魚を一匹食らった。
遙の喉の奥へ消えていった小さな銀の魚が彼女であることを彼は知っている。