22:14 石丸君の前で階段落ち


さっきまで彼と話していた内容をこの一瞬で忘れてしまった。あんなに激しい口論を繰り広げていたのに。
私の体は前のめりにゆっくりと落ちていく。
死ぬんじゃないだろうか、自分。
さっきまで目の前にいた彼の顔(怒りと苛立ちのために顔が赤くなっていた)や、親の顔やらが脳裏を駆け巡る。なるほどこれが走馬灯か。
人間、危機に晒されると時間がゆっくり流れるというのは本当らしい。
地面が近づく。
そういえば落ちる瞬間誰かの手の感触を背中に感じた。
無論、彼のものだろう。私が死んだら彼がクロになるのだろうか。
彼が私の死体をどうこう隠蔽しているところは見たくないなぁ、と思ったところで意識は暗転した。


・・・

「まだ寝ていたまえ!」
保健室のベッドから起き上がろうとしたら彼に無理やり押しとどめられた。これで四回目くらいである。
もう大丈夫なのにとは思うが、階段落ちを披露してしまった私をここまで運んで看病してくれた手前、いい加減に脱走は諦め、私は彼を見た。
きっちりと巻かれた包帯はずれる様子が微塵もない。
少し切っただけなのに大げさだ。
彼も、口論していたことを忘れてしまったのだろうか。
ならば背中に触れた手は、本当は私を助けようとしたのかもしれない。
石丸君ありがとう、と言うと彼は、当たり前のことをしただけだと答えた。


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