21:10 葉隠と桑田のついろぐとか
▼葉隠と超高校級の旅人
ここから出たら一緒に旅をしよう。私も君も行った事がないところがいい。
「そんなとこあんのか?」
「沢山あるさ」
誰もいないところへ行きたい、と彼女は日に焼けた膝を抱えて言った。
「俺とだと、旅なんていいもんじゃなくなるべ」
それでもいい、と彼女は笑った。
「だから、誰もいないところへ行くんだよ」
私が君と別れたくないから、だからここから出たら一緒に旅をしよう。
銀河を湛えたように輝く彼女の瞳をまともに見た葉隠の目の前に、ばしんと映像がはじけた。イメージの中の葉隠は、さまざまな場所にいた。
どこまでも青く透き通った湖や終わりの見えない草原、氷でできた大地と南十字星。騒々しい市場や闇に浮かぶ摩天楼。
そして葉隠の隣には、笑う彼女が立っていた。
(でもリアルな話、そうなるのって三割だけだべ)
葉隠は横たわる彼女を見下ろして、少し前彼女と話したことを思い起こしていた。
致命傷は腹部の傷だが、そのほかに両足の腱が切られている。もう彼女はどこにも行けない。
彼女の瞳がかたく閉じられていることに、葉隠は安堵した。濁った彼女の虹彩など見たくなかったからだ。
耳障りなアナウンスが校舎中に響いた。学級裁判が、始まる。
▼やまなしおちなしいみなし葉隠
いつも水晶に触れているくせに葉隠君の手は、熱かった 私の頬へその熱は伝わってゆく 恥ずかしいと彼は言う そんなの私もおんなじだってば。ただ、顔に出ないだけで、
▼桑田と
これの夢主の幼少のみぎり
夏休みの終わりごろだったと思う。まだうだるように暑い日。
私は土手に座り込んで、桑田の出ている草野球の試合をぼんやり見ていた。
奴がバッターボックスに入るのを、私はぬるいカルピスを飲みながら眺める。
残しておけよと桑田に言われていたから、残り三分の一でやめておく。
桑田が私に手を振る。私も大きく手を振り返す。
ちゃんと見てろよ、と奴は怒鳴る。毎回のことだ。私の返事を待たずに桑田はまっすぐ前を見て、バットを構えた。伸びかけの桑田の髪は、まだなびくほど長くない。
たいそう透き通った音が響く。桑田の打った二本目のホームランが入道雲の向こうへ吸い込まれていくのを私はちゃんと見ていた。小学四年生の夏のことである
▼桑田と
これの夢主
桑田の右腕が使い物にならなくなればよかったのに。でも無理ね、お前練習嫌いだもの。
私が折ってやればよかったかしら。
バニラシェイクをすすりながら、そいつは素知らぬ顔でそう言ってのける。
ストローを噛み潰す癖は昔からだ。けど長いつき合いのそいつを最近俺は持て余している。奴の耳に揃いのピアスが光っている。