60000kikaku* | ナノ

(※かっこいいアレンは不在です)




これから僕が話す内容は、作り話でもないし、変に大袈裟な話でもなくて、
ただひとつ言いたいのは、
この歳になっても『一目惚れ』という事象が起こり得るんだということを、身をもって証明できるということだ。



「アレン知ってる?経理部にめっちゃ可愛い新人が入ったらしいんさ」
「…すみません、今そういうのどうでもいいです」

初めて彼女の存在を知ったのは、謀らずも同僚のラビからのタレコミだった。女性関係にだらしない彼のことだから(これ言うとラビファンに殴られるけど…)、どうせ信用できるような情報ではないと思ったし、そもそもその当時、僕には社内での異動話が上がっていて(もちろん良い意味での出世なのだが)、正直自分のことでいっぱいいっぱいだった。経理部なんて自分にとって何の関わりもない部署だったし、ましてや色恋沙汰につなげて考えるような思考は持ち合わせていなかった。

その数日後、正式に経理部への異動が決まった僕に、ラビは
「マジ!?経理部っつったら例の可愛い新人のいるとこじゃねぇか!やったなアレンこの幸せ者!」
なんて、人の苦労も知らずいけしゃあしゃあと女子ばりにはしゃぎやがった。この野郎、慣れない部署でまた新しく仕事を覚えなおさなきゃいけない僕の身にもなってみろ。正直、まさか自分が経理部に行くなんて思ってもみなかったが。
「…ラビなんて海外事業部のフィリピン支社にでも左遷されてしまえばいい」
「ちょっ、ごめんごめん、冗談さ」
「そんなに経理部がいいなら、ラビが行けばいいじゃないですか」
「まぁ、ちょっぴり羨ましいですけどね。ま、今日から経理部2課の課長サンでしょ?頑張れ★そして癒されてこい★」
「…両目眼帯にしてしまえ変態兎」


デスクを片付けて、自分の荷物が詰まった段ボールを抱えながら、とぼとぼと行き着いた先は「経理部」。ひょこっとドアを覗きこんで、遠慮がちに声をかけた。

「すみませーん、今日付けで経理部2課配属になりました、アレン・ウォーカーと申します、が…」




この瞬間、僕の心臓にサクっと音を立てて何かが刺さった。



「あ、聞いてますよ、今日からよろしくお願いします、課長」



驚いた。


経理部に、花の妖精がいた。









***

「ウォーカー課長、ミーティング用の資料確認お願いします」
資料を握りしめ、控えめに僕の背中を追ってきた彼女の名前は、みょうじなまえさん。
「え、もうできたの?明日でも良かったのに」
「いえ、早めにやっておかないとうっかりしちゃいそうだから」
「あは、ありがとう、仕事の早い後輩がいて助かります」
そう笑えば、彼女も照れたようにはにかんだ。何だこの子、どこの妖精だ。花が飛んでいる。

「…あー、もー、可愛すぎるなまえさん」
彼女の後ろ姿を見送りながら、ぽつりと無意識にこぼれた本音。
「アレン、鼻の下伸びてんぞ」
「うわっ、いつからいたんですかリーバーさん!」
「いつもなにも、俺のデスクが隣にあるってこと忘れないでくれる?」
「そうでした、うっかり失念してました」
「このやろ、部長なめんな?…って、そうじゃなくて…お前、あいつのこと本気なの?」
こそっと僕に耳打ちしたリーバーさんの顔には、冷や汗一粒。
「え、もしかして、リーバーさんも…!?」
「ばっか、ちげぇよ、俺は奥さん一筋なんだよなめんな?」
「なら、どうしてそんな心配そうな顔してるんですか?」
「いや、さすがにみょうじは競争率高いんじゃねぇの?いくらイケメンなお前でも、敵はごまんといるんじゃ…」
「リーバーさん、知ってます?なまえさんって趣味ガーデニングらしいですよ。彼女らしいぴったりの趣味ですよね。僕初めて彼女に会った時のこと今でも覚えてます。ふんわりと花の香りがして、周りの景色がぼやけるくらい彼女が一際輝いて見えて、ああ、花の妖精って実在したんだなぁって思「わりぃアレン、俺今めっちゃ引いてる」
そう呟いたリーバーさんの腕は、見事な鳥肌が一面に広がっていた。失礼な。
「ライバルなんて僕は気にしません、この世で最も一途に彼女を想ってるのは僕だけですから」
「…まぁ、お前には誰も勝てない気がするわ(色んな意味で)」
「当然です、僕と彼女2人揃えば無敵です」
「…そろそろ、仕事しよっか…な?」





***

さて。無敵とは言っても、この環境にいる以上彼女に好意の視線を送る男はごろごろいる。このままでは僕もその大勢のうちの一人に紛れてしまいかねない。加えて、仕事内容上2人きりで仕事をする機会が極端に少ないのが経理部の不利な点だ。まずは2人きりになれる機会を何としてでも作らねば。
「課長、何だかあくどい顔になってますよ」
「気のせいですよ」
「課長っていう立場を悪用して何か悪だくみを謀りそうな顔ですよ」
「君は読心術か何かを持ってるんですか社員Aさん」
だめだ、ここではおちおち策略も謀れない。その頃、時計の針は丁度12を示し、タイミングよく僕のお腹も唸り声をあげた。そうだ、食堂でゆっくり考えよう。僕は財布を片手に席を立ち、既にちらほら休憩に入っている社員に続いて食堂に向かった。

「…あ、課長も日替わり定食ですか?」
ざわつく食堂の片隅でおばちゃんからトレイを受け取ると、傍らからひどく柔らかい声がかかった。まさかと期待を膨らませながら振り向くと、僕と同じトレイを抱えたなまえさん(という名の妖精)がいた。やばい、食堂で会うなんて嬉しすぎる。
「わたしも日替わりなんです、お揃いですねー」
しかも同じメニューだと?!!!これは何だ、偶然という2文字では片付けられない、もうこれは運命なんじゃ…ってこれも2文字!くそっ、僕は一体どうすれば…!!
「課長、いつもいっぱい食べてるのに太らなくて羨ましいです」
「え、」
“いつも”!?いつも見ていたってことですか!?どういうことですか!!
「太らない秘訣ってあるんですか?」
「え、いや…も、元々大食いなんだよね、僕」
「わたしすぐお菓子ばっかり食べちゃうからなぁー、それが良くないんでしょうね」
いやいやいや!良い!すごく良いよそれ!お菓子食べてるなまえさんリスみたいでめっちゃ可愛いですもん!!その小さい口でチョコ食べてる姿とか!!指について溶けたチョコをこっそり舐めてる姿とかああぁぁあぁ!!
「……課長?どうかしました?」
「…いや…お菓子は、悪くないよ…っ」
むしろお菓子グッジョブです。あわよくば僕はそのチョコになりたい。


その後、「一緒に食べませんか?」という僕の誘いを快く承諾してくれたなまえさんと、仲良くトレイを並べて昼食を取ることになった。もう死んでもいいと思った。
「…そういえば、さっき渡した資料なんですけど、あのあと間違いを見つけてしまって…」
定食のアジフライをお箸で切り分けながら、控えめに言った彼女。どうでもいいけどアジフライの食べ方まで殺人的に可愛いってどういうことだ。アジフライになりたい。
「そっか、まだ〆切まで時間あるし、後で見てあげるよ」
「本当ですか?助かります!」
「あ…でも午後は別会議が入っちゃってるから…明日にする?」
「明日…で、でも、明日の朝〆切でしたよね…?」
「うーん、まぁそれは僕が何とかするから(特別に)」
そう笑って言うも、彼女はむむむ、と納得いかない様子。こういう責任感が強いところも堪らなく好きだ。

…待てよ、これはもしかして、チャンスなんじゃ…!
「…なまえさんさえよければ、今夜直していっちゃう?」
そうだ、残業なら文句なしで2人きりになれる。しかも命令でなく、合意の上での残業なら何もあやしいことはない。
「…いいんですか?」
ひどく申し訳なさそうに僕の顔を見上げたなまえさん。それは僕の理性に対する挑発ですか。受けて立ちますよ、3秒で負ける自信があります。
「構いませんよ。可愛い部下のためですから」
「…よろしく、お願いします…っ!」
絞り出すようにそう言ってぺこりと頭を下げた彼女。頭の中で何かがはじける音がした。はじけたものが理性でないことを祈る。



***

カタカタ、キーボードを打つたどたどしい音が響く。時刻は午後7時。続々と退勤していく社員を心の中で押しやりつつ、会議を終えた僕は経理部に戻った。キーボード音の正体は、やはり彼女のものだった。
「どう?進んだ?」
ひょこっと後ろから声をかけると、すぐに振り向いて「会議お疲れさまです!」と笑ったなまえさん。ありがとう、その一言でだいぶ復活しました。
「えと、半分くらい進んだんですけど、ここがどうしても上手く直せなくて…」
「ああ、エクセルの表を添付したところだよね、これは…ちょっとマウス借りてもいい?」
彼女のすぐ右後ろから手を伸ばし、僕はマウスを握った。驚きの近さに、思わず彼女の顔に頬ずりしたくなった。だめだ、自分を律するんだアレン・ウォーカー!お前は立派な男だが、それ以前に彼女の上司だろ!優しい上司で振る舞うんだ!
「…あ、本当だ、そうやって添付するんですね!」
…自分で近づいたくせに、やけに寿命を縮めてしまった気がする。


その後、僕の助言と彼女の懸命な努力の結果、8時を回る頃には立派な資料が出来上がっていた。
「終わったー…!課長、本当にありがとうございました!」
「どういたしまして。僕もいい勉強になったよ」
気がつくと、他の社員はきれいに退勤しており、僕と彼女2人だけの空間になっていた。

「…わたし、ウォーカー課長の部下で良かったなぁ」
ぽつりと、独り言みたいに呟いた声を、僕は聞き逃さなかった。
「…どうしたの急に」
「こんなに面倒見がいい課に配属されて、わたし幸せです」
「…僕もだよ」
経理部に異動になって、なまえさんと出会って、僕は最高に幸せ者だと思った。
「こんなに素直で可愛い部下と一緒に働けて、幸せだ」
ぽんぽん、思わず彼女の頭を小さく撫でた。彼女は少し驚いた表情を見せて、それから、ふんわりと笑った。

「……課長、」
彼女が、少しの無言ののちに、僕を呼んだ。
「…課長に、伝えたいことが、あるんです」
…僕もです。君に、伝えたいことが、あります。

どくん どくん、
逸る心臓が、心地良かった。

なまえさんの伝えたいこと、もう、分かってしまった。

「…誰にも、言ってないことなんです」

そうだよね、きっと、僕にしか、言えないこと。

「…はぁ、なんか緊張する…っ」
胸を押さえながら、余裕のない笑みを浮かべた彼女。大丈夫だよ、きっとすぐに、安心できる。

だって、僕も、君のことが、







「結婚するんです、わたし」



そう、結婚………










え、


…け っ こ ん !?




「血痕んんん!!?」
「結婚です」


ちょっと、待って、伝えたいことって、それ!?

「はい、まだ正式に発表してないんですけど…いつも仕事で助けてもらってる課長には先に伝えておきたくて…っ」

来月、正式に発表しようと思ってるので、それまで内緒にしててくださいね。

恥ずかしそうにそう話す彼女は、今まで見たどの彼女よりも、一番幸せそうだった。




***

…秋になった。
「早いもんだなぁ、みょうじの結婚退職まであと2週間かぁ」
「…リーバーさん、それは僕へのあてつけですか」
「あ、わりぃ、まだ癒えてなかったんだな、失恋の痛手」
「ズッタズタですよ」
「ま、お前のルックスならすぐにいい女が寄ってくるって!」
背中をバシバシ容赦なく叩きながら、リーバーさんは豪快に笑った。背中が痛い。
「これから僕はどう人生を歩んでいったらいいんだ…」
「辛気くせぇなぁ!結婚なんつーめでたいイベントに不釣り合いだろその顔。…それに、みょうじだって、お前にそんな顔で送り出してほしいと思うか?」
「……」



彼女は、花の妖精だった。それは決して大袈裟な比喩ではなくて、僕にとって本当にそう見えたのだ。


「…花はいつでも、綺麗であるべきだ」

花のような彼女が、いつまでも笑っていられますように。




僕が、彼女を笑顔で送り出せるようになるのは、もう少し、先の話。


とりあえず、彼女の旦那に一発ぶちかましてから。話はそれからだ。





花と僕と










***********

*ろーどさまリクエスト*
『大人なアレンさんが後輩に一目惚れして溺愛しちゃうとびっきり甘いおはなし』

多分、今までかいたおはなしの中で、最高に気持ち悪いアレンさんになったと思います。アジフライになりたいアレンさんて…何なのアレンさん…。ていうか『とびきり甘いおはなし』要素はどこへ…?すみません…ほんと申し訳ないです、女の子は誰と結婚するんだ、アレンさんじゃないのか、アレンさんふられてんじゃんどういうことなの!
ろーどさん、リクエストありがとうございました。苦情は受け付けます…!

2012.9.24*
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