60000kikaku* | ナノ


…最悪だ。月曜からこんな憂鬱な時間を過ごすことになるなんて。大体コムイさんもコムイさんだ。もうちょっと配慮してくれたっていいじゃないか。相性とか、組み合わせとかさぁ。そりゃあ、仕事ですから、やれと言われればはい分かりましたと返すしかないんだけど、それにしたってさ、

何で…

「何でウォーカーさんと一緒に取引先行かなきゃなんないんすか…」
何でこいつの指導係が僕なんですか、コムイさん。
「すみませんね、一応君の指導係だからね」
項垂れながら不服だと言わんばかりの表情を浮かべる仲村に、僕も同じ思いを抱きながら淡々と返答した。つーか横目でなまえちゃんに助けを求めるなこのストーカーが。
「ああ、そういえば、そうでしたね…」
このやろ、あからさまにテンション下げやがって。僕だってコムイさんの命じゃなかったら、こんな役回り願い下げだ。僕が一体君に何をしたっていうんだ。
「アレンくんアレンくん、大事な資料握りつぶしてるからね」
「………行ってきます」




 あわせいと*4





「今から行くところは、かなり前からご贔屓にしてくれてるところだから。今日は顔合わせ程度って言っても、しっかり資料に目ぇ通して、失礼のないようにね」
「ハーイ。」
車を運転する僕の傍らで、軽い返事を口にした仲村。本当に分かってんのか、と横目で睨むと、ペラペラと取引先の書類を捲って目を通していた。良かった、一応まがりなりにも社員らしくなってる…

「…ウォーカーさんて、なまえさんと付き合ってたんすね」

…一瞬でも評価した僕が馬鹿だった。仕事中に先輩に振る話題じゃないだろそれ。
「ね、いつからっすか?つーかどこまでいったんすか?」
身を乗り出して、取引先の資料なんかそっちのけで僕に尋問をかける彼に、心臓の奥が鈍く軋む感覚を覚えた。
「…悪いけど、今一応仕事中だからね」
「いいじゃないすか、ちょっとぐらい教えてくれたってー。
…それともアレですか、『彼氏』なんて、ただのジョークでしたーとか?」
ケラケラと笑う仲村。ハンドルを握る手に、ぎゅっと力がこもる。ああ、僕、どうやら相当イラついてるらしい。
「…仲村さ、どういうつもりなの?」
「どうって?」
「彼女のこと、遊びでからかってるつもりなら、それなりの距離は取った方がいいと思うよ、一応会社の先輩なんだから」

「じゃあ、『遊び』じゃなかったらいいんすか?」

…は?

「……それ、どういう意味」
「だって、そういうことっすよね?俺が本気でなまえさんのこと狙ってるっつったら、ウォーカーさんは考えてくれるってこと、デショ?」
横目で睨む僕に、切れ長の両目が首を傾げて笑いかける。それはそれは、実に不快な笑顔で。
「あ、そろそろ着きますよね、俺降りてバック確認しま、」
「仲村」

彼がドアを開けようとした、その背後を呼び止めた。きょとん顔で振り向いた仲村は、「何すか」と何の悪びれもない様子で首を傾げた。


「…本当は、仕事中にこういう話、あまりしたくないんだ。だから、1回だけ言っとく。

彼女には必要以上に近づくな。お前が遊びだろうが本気だろうが、そんなの関係ない」


彼女は、僕の大事な人だ。

お前がどう思っていようが、そんなことは最早問題じゃない。お前なんかが僕らの間に入る隙なんか、最初からあるはずがない。お前なんかに、渡さない。




「…ウォーカーさんて、案外嫉妬深いんすね。確かに敵に回すとおっかないわ」
「仲村、」
「…ハーイ、善処しまーす」
後ろ手をひらひらさせて車を降りる彼を、僕はしばらく睨みつけた。仕事中に取り乱した自分を叱咤させながら。




***

「あ、おかえりーアレンくん、仲村くん」
書類に向けていた目を離して、コムイさんが僕達に声をかけた。
「戻りました。…仲村、さっきの資料まとめてファイルに綴じといて。あと車の鍵も、管理室に戻しといて」
「ハーイ、行ってきまーす」
車の鍵を指でくるくると回しながらゆっくり遠ざかる彼の背中を、僕は横目で見届けた。

「…仲村くんと何かあった?」
「え、」
「いや、珍しく気難しい顔してるから、アレンくん」
ほんのりと苦笑いを浮かべるコムイさんの発言に、そんなに顔に出ていたのかと、自分の顔を触って確かめながら、「…すみません、何でもないです」と苦笑を返した。今日は一人反省会を開かないといけないようだ。




***

「…あ、おかえり仲村くん」
見知った後ろ姿を管理室の前で見かけ、声をかけた相手は、「なまえさんっ!」と、いつものハイテンションでこちらに駆け寄ってきた。なぜだろう、見えない尻尾がふりふりと動いているような気がする。
「ウォーカー先輩と一緒だったんだよね?」
「そうっすよー、もうめっちゃ疲れました」
「あはは、そうだね、取引先と話すのも楽じゃないよね」
「うーん、それもあるけど、俺あの人ちょっと付き合いにくいんすよね…」
彼の言う『あの人』とは、紛れもなくウォーカー先輩のことだろうと思った。だからこそ、驚いた。ウォーカー先輩の面倒見の良さと人当たりの良さは、関わった人なら誰しも知っていることなのに。そんな先輩を、彼は『付き合いにくい』と言った。
「…何すか、その驚いた表情」
「え、いや、珍しいなと思って…ウォーカー先輩を付き合いにくいって言う人、あんまりいないから…」
「えー、だってなんか、いつもポーカーフェイスだし、何考えてるかいまいち掴みにくいんすよね…。あとはまぁ、個人的な私情のほうが大きいかな?」
「…ふぅん?」
そういうものなのかな。『個人的な私情』が何なのかは分からないけど、言われてみれば、この2人はあまり相性が合わないような、気がする。
「…そーいうなまえさんは、俺とは真逆っすね」
「へ?」

「ウォーカーさんのこと、好きで好きでしょーがないです、って感じ」

…んな、何、言って、

「ほら、図星だー。すぐ顔に出ますよね、なまえさんって」
「…そんな、こと…っ」
「うっそだぁ、そんな真っ赤な顔しといてよく言うっすねー」
けたけたと笑う仲村くんに、わたしは「…せ、先輩をからかわないでください…!」と、今できる精一杯の先輩面で反撃した。残念ながら、微塵も威厳がないけれど。

「…あー、もー、めっちゃ可愛いー」
「ちょ、だからからかわないでってば、」
「からかってないっすよ、本当に可愛いなぁって思っただけっす」
「それがからかってるっていうんだよ!」
「あははっ、もう、それ以上可愛いことしないでくださいよ、手ぇ出したくなるんで」

ふわり、とわたしの頬を掠めたのは、仲村くんの指だった。冗談混じりの発言と、それに見合わない、不思議な目つき。…あれ?何かこれ、下剋上じゃないですか。わたしの方が先輩なのに…何だか、からかい通り越して、年下扱いされてる…?!


「それは困るなぁ、ていうか、冗談に聞こえないんだけど?」


柔らかい声色が聞こえたと同時に、わたしの頬に添えられてた仲村くんの手が、ぱしっ、と誰かに掴まれた。
「あ、ウォーカー先輩」
「何で君もそうやすやすと手ぇ出されてんの」
…あれ?
「すみま、せん…?」
なんか、先輩、ちょっと怒ってる…?
ピリピリ、いつになく張りつめた空気だった。いつも先輩の隣で感じる安心感はそこにはなくて、なぜか一触即発という言葉がしっくりとくる、異質な雰囲気が出来上がっていた。
「仲村、さっきも言ったよね」
驚くほど冷たいウォーカー先輩の声。それでも仲村くんは返事をせず、ただ掴まれたままの左手を見つめながら、むすっとしていた。
「何回も同じこと、言わせないでくれる」
「…だったら、言わなきゃいいだけの話じゃないっすか」
むくれた表情のまま、ぼそりと反論した仲村くん。ウォーカー先輩の表情からは、ただならぬオーラが浮かび上がる。な、何かよく分からないけど、仲村くんが先輩の地雷を踏んじゃったことに間違いはないようだ…!
先輩を本気で怒らせたらどれだけ怖いのかを、彼は知らないし、わたしも知らない。
「…な、仲村くん、何したのか知らないけど、謝ったほうが…!」
こっそりと仲村くんに耳打ちするも、彼は「…いや。」と不機嫌な声で言い放った。
「俺、間違ったことしてねぇっすもん」
ああもう、じゃあ何なのこの痛いくらい張りつめた空気は!
「ウォーカーさん、『善処します』って言ったけど、やっぱ俺自分に嘘吐けないんで、諦めてください」
往生際が悪い後輩でスミマセンね。仲村くんはそう言って、ウォーカー先輩の腕を振り払った。そのまますたすたとフロアを歩いていった。
「あ、こんなところにいたんだ、アレンくんにA製薬会社から外線だよ」
ほぼ同じタイミングでやってきたコムイさんに急かされ、ウォーカー先輩は「…今行きます」と踵を返して戻っていった。表情は、見えなかった。


…ていうか、結局あの冷戦は何だったんだ。




張本人は蚊帳の外
(とりあえず心臓に悪い時間だった)




******

無自覚な彼女を持つと苦労するよねアレン先輩。っていう話。
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