60000kikaku* | ナノ
『ごめんなまえ!今日も仕事長引きそう』
…いつからだろう。彼から来る着信を心待ちにできなくなったのは。
「…うん、分かった」
『ほんとにごめん、今度何かお詫びするから』
「あはは、いいよー、今も休憩抜け出して電話してるんでしょ?また上司の人に怒られちゃうよ」
『う…それ禁句』
「あはっ、…じゃあ、切るね」
ぽち、と通話終了のボタンを押して、わたしはふう、とため息を漏らした。…分かってたんだ、この電話がわたしの気持ちを落ち込ませるものだってことくらい。
「なぁになまえ、ため息なんか吐いて。アレンくんから電話だったんでしょ?」
「うん、やっぱり今日の飲み会無理だって」
「はー、相変わらず多忙なんだなアレンの奴」
「『やっぱり』って…もしかして、仕事でしばらく会えてないとか?」
心配そうに尋ねてくるリナリーに、わたしは苦笑いを返した。
アレン先輩が大学を卒業し、社会人になって3ヶ月。仕事で忙しくなる彼と今までみたいに頻繁に会えなくなる覚悟はしていた。けれど、どうやらその覚悟は余りにも小さすぎたようで。
「…仕方ないよ、仕事だもん。アレン先輩に負けずに、わたしも勉強頑張らなきゃね」
そう笑ってグラスを手にしたわたしを、リナリーとラビがなぜか悲しそうに見つめた。
「…え、何その顔」
「…なまえ、ホントはつらいんでしょ?我慢しないでアレンくんに言ったら?」
「そうさ、ただでさえお前寂しがりなんだから、もっと我が儘言ったらいいんさ!」
「ラビに言われたくないよ」
「ちょっ、どういう意味さそれ」
「わたしはラビみたいに寂しくて死んじゃったりしないもん」
「それウサギ!オレ人間!」
半泣き顔で訴えてくるラビを手であしらいながらも、わたしは2人に「ありがとね」と笑ってみせた。
***
…アレン先輩のいない大学は、どこか寂しく感じた。学年も違うから受ける講義も違ったけれど、お昼とか、サークルとか、やっぱりアレン先輩の存在がないと、いまいち覇気が出なかった。
購買で買ったパンを持って、屋上へと続く階段を上るお昼時。今日は午前の授業を取ってる友達がいない曜日。だからいつも一人でお昼ご飯を食べることが多い。
ギィ…と風の抵抗を受けながら重い扉を開けた。
「…わ、今日も貸し切りだ」
ここの屋上の休憩スペースは利用する人が少ないから、お昼ご飯を食べるのに最適の穴場スポットだった。…いつも、ここの屋上で、アレン先輩と一緒にお昼を過ごした。あまりに気持ちいい天気のときは、次の講義をさぼっちゃうこともあったなぁ。
「…いい天気」
さわさわ、ちょうどいい風だった。見上げると、空色の絵の具できれいに塗り潰したみたいだった。
ヴー、と、ポケットの携帯が震えた。着信相手の名前を見て、今度はわたしの手が震えた。
「…も、もしもし?」
『あ、出たー、今お昼?』
…先輩だ、平日の昼間にかかってくるなんて、滅多にないのに。
「今屋上でご飯食べてます」
『そっか、いいなぁー屋上』
「先輩は、今お仕事ですよね…?」
『うん、今ねー出張で北海道にいる』
「北海道!?ずいぶん遠出ですね」
『でしょ。明日には戻るからあんまりゆっくりできないけどねー。あ、でもお土産買ってくから、白い恋人買ってくから』
「あはは、ありがとうございます」
『…そっち、晴れてる?』
「はい、すっごく良い天気ですよー。北海道も晴れてますか?」
『うん、真っ青。景色いいよー』
「そっかぁー、また今度お話し聞かせてくださいね」
仕事中だし、と早々に切り上げようと発したわたしの言葉に、先輩からの返答はなかった。
「先輩?」
『…なまえ、さ…』
「?」
『…や、その、何か…元気、ないなと思って』
…ちくり。
心臓のあたりが、妙な痛みを覚えた。
「…元気ですよ?先輩こそ身体壊してないですか?」
『うん。…ねぇ、なまえ、』
「何ですか?」
『なまえはさ、嘘吐くと声がちょっと高くなるよね』
…へ、
『あとね、いつもより語尾が若干上がるんだよね』
「…そんなこと、ないです」
『あるよ。僕しか知らない、なまえの癖だから』
「そんなの、ないですよ、」
『そうやって強がる時は、決まって早口になる』
「…っ、」
『図星、でしょ?』
くすくすと、小さな小さな笑い声が、電話の向こうから聞こえてきた。わたしは何だか、先輩に全部見透かされている気がして、それ以上言葉を紡げなかった。
『そうやって強がるなまえも、僕は好きなんだけどね』
「……何、言って…」
『でもね、素直に寂しいって言ってくれるなまえのほうが、僕は好き』
「……、」
そうやって、いつも、わたしを見透かす。
そうやって、いつも、わたしを甘やかす。
だから、わたしは、
いつまでたっても、強くなれないんだ。
「……か」
『うん?』
「先輩の、ばか…っ」
『…うん』
「そうやって、いっつも、いっつも…弱いとこばっか、つくから、」
ぽろぽろ、ぽろぽろ。
溢れてくる涙を拭うことも忘れて、どんどん、どんどん、上手くしゃべれなく、なる。
「…強く、なりたいのに…っ」
寂しいのなんて、ちっとも気にしないで過ごせるくらい、強くなりたいのに。
強くならなきゃ、いけないのに。
『…なまえ、』
「もぅ、やなの、弱い自分が、嫌…っ」
『なまえは、弱くないよ』
大好きな、声なのに、
先輩の声を、遮断したかった。
もう、これ以上、弱い自分を悟られたくなくて。綻びが崩れるのが、怖くて。
「……、もう、切ります、」
先輩の声から逃げるみたいに、強制的にボタンを押した。
やっぱりわたしは、弱い人間だと、思った。
***
それから、一晩が経っても、先輩のことがぐるぐる、頭を巡ってた。
そうこうしていたら、
「なまえ、終わりそう?」
「……あと、1000字くらい…!」
「…頑張れ」
…失念していた。明日提出のレポートをすっかり忘れてしまっていた。計画的に進めていたリナリーや、効率の良いラビはとっくに完成させていたというのに。2人のエールを受け取り、一人パソコン室でひたすらキーボードを鳴らし続けた。
気付けば、パソコン室に残ってるのは、わたし一人。
…こんな時、アレン先輩がいつも横で待っててくれた。いつも取り掛かりが遅いわたしに、「なんでもっと早めにやっておかないの」って説教しながらも、参考文献を教えてくれたり、こっそりお菓子の差し入れしてくれたり。
…カタカタカタ、タン…
キーボードの音が、止まった。鼻の奥がつぅん、として、視界がぼやける。
…あんなふうに、電話、切るんじゃなかった。
「わたしなら大丈夫ですよ」って、笑って、安心させたかった。
ああ、やっぱり、
アレン先輩がいないと、わたし、
ただの、寂しがりで強がりの
ダメなわたし、だ。
ドンッ、
「っ!?」
ドン、ドンッ
パソコン室のドアが、大きな音を立てた。まるで、誰かが叩いているような、
「……せ、!?」
うそ、なんで、
何で、ここに…
慌ててドアに駆け寄り、学生証をかざしてドアのロックを解除した。ガチャンッ、って乱暴に開かれたドアに驚いて一歩下がりそうになったわたしの身体を、引っ張り上げるようにして抱き寄せた、腕。
大好きな、匂い。久しく感じていなかった、感触。
「…っはぁ、はぁっ…」
じんわり汗ばんで、肩で息をしているアレン先輩。それでも、わたしを抱き締める腕は強くなる一方だった。
「…先輩、何で…」
仕事着のまま、汗だくで、走ってきたんですか?
「…北海道は、」
「…さっき、帰ってきた、速攻で仕事、終わらせて…っ、家に行って、いなかった、から…ここだと、思っ…て…っ」
途切れ途切れにそう言うと、はーーっと大きく息を吐いて、そうしてまたわたしを思いきり、ぎゅうぅって、した。
「…苦しい」
「もっと言って、」
「ひどっ…」
「もっと、我が儘になったって、いいんだ」
…そんなの、
「…ダメ、だよ…」
アレン先輩、
わたし、寂しくなんか、ないよ。
ちゃんと先輩のこと、応援してるんだよ。
会えなくたって、平気、我慢できるよ。
だって先輩のこと、大好きだから。
「…っだから、大丈夫、だよ…」
泣くな、泣くな泣くな泣くな!
堪えれば堪えるほど、対抗するみたいに流れてくる涙。
「…それが、本音?」
先輩の静かな言葉に、躊躇いながら小さく頷いた。
「…僕の顔見て、同じことが言える?」
隙間なく抱き締めていた腕を緩めて、先輩がわたしの顔を見やった。
「なまえの思う『強さ』って、何?」
「『会いたい』っていう気持ちを我慢することが『強さ』なの?」
………ちが、う、
「毎日、毎日毎日、なまえに会いたいって思ってる。仕事してても、終わってからも、いつも考えてる。
…ねぇなまえ、僕は『弱い』?」
そんなこと、ない、先輩は、弱くなんか、ない。
声に出せなくて、ただひたすらに首をぶんぶんと振りつづけた。
「…なまえ、約束して」
「…嘘でも、僕の前で
『大丈夫』だなんて、言わないで」
…ああ、もう、
「…っ先輩の、ばか…」
すぐに、そうやって、
わたしを甘やかす。
「…アレン先輩、」
「ん?」
「 」
そぉっと耳打ちした、言葉。
恥ずかしくてすぐに顔を埋めたわたしに、
先輩は、
「やっと、聞けた」
そう言って、ふにゃりと笑った。
泣き虫ライアー
(ホントはね、寂しかったの。)
***************
*華さまリクエスト*
『新社会人アレンさんに寂しいと言えない年下ヒロインちゃん』
「寂しい」って言葉は、言われる側は実は結構嬉しいんじゃないかなと思います。
寂しい気持ちを押し殺して我慢することが、いい彼女になるための務めだと思い込んでた女の子。を、目指して書いてみた、つもり、だった…。
華さん、素敵なリクエストありがとうございました♪
2012.7.10*
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