60000kikaku* | ナノ


こんなはずじゃなかったのよ、わたしの人生。


「だから言ったじゃない、雨が止むまで待ちましょうって」
店先の屋根で雨宿りをしながら、たまらず不満が口から漏れ出した。
雨で濡れた髪が顔にはりついてうざったい。団服はいつも以上に黒々としていて、じっとりと重さを増す。生地が丈夫だかなんだか知らないけど、拭いても拭いてもちっとも乾きやしない。ああもう、どうしてこんな目に遭わなきゃいけないのよ。
半ば八つ当たりをするように、隣の白髪男をキッと睨んだ。それにすぐさま気付いた彼は、じとりとわたしを睨み返しながら「ちょっと、僕に当たらないでくださいよ」とつっけんどんに返してきた。煩いわね、分かってるわよ馬鹿白髪。
「ついてないなぁ」
「仕方ないじゃない、この地域はにわか雨が多いんだから」
「いえそこじゃなくて、君と任務が一緒っていうことがついてないと思っただけです」
「こいつ…!」
わしわしと金色ゴーレムをタオルで拭きながら、白髪頭…もとい、アレン・ウォーカーは言い放った。何なのよ、そんなのわたしだってついてないわよ。

「しばらく止みそうにありませんね…」
ざあざあと一定の音で降り続ける雨空を憂鬱そうに見上げながら、アレン・ウォーカーはため息を吐いた。空はどんよりと鉛色だった。
「AKUMA数体の破壊ですぐに済む任務じゃなかったの?とっとと終わらせて帰りましょうよ」
「そんなこと言ったって、この雨じゃ自由に動けないですし、今のところ僕の左目も反応がありません」
「何よ、使えないわね」
「…身なりばっかり気にしてる君よりかは遥かに教団に貢献しているつもりですが?」
「ちょっと前までじり貧生活してたあんたと一緒にしないでくれる?綺麗なわたしを好きだって言ってくる輩なんて星の数よりも多いんだからね」
「そんな派手な髪を好きだなんて、世の男性の品格を疑いますよ。僕はリナリーみたいにへたにいじってない髪が一番綺麗だと思いますけどね」
「出た、“リナリー教”!口を開けばリナリーはどうだのこうだの、気持ち悪いのよモヤシのくせに」
「モヤシ関係ないでしょうっていうか僕はモヤシじゃありません。どこぞのパッツンと似て口が悪いですね君は。いっそコムリンにでも口を縫い付けてもらえばいい」
「あら、それを言うならあんたの気色悪い髪の毛も真っ黒に染めてもらったらいいわよ、大好きなリナリーと同じ色に」
「ちょっと、リナリーの名前使って暴言吐くのやめてください、汚れます」
「うるっさいわね、あんたこそリナリーに何の夢を見てんのよ、あの子だってゲップするし舌打ちだってするわよばっかみたい」
『僕のリナリーはそんなことしないもん!!』

きいぃん、と耳を劈く機械音が響いた。ポケットにいたはずのゴーレムがいつの間にかコムイ室長と通信を繋げていた。

『何だいさっきからぎゃあぎゃあと!ちょっとは黙っていられないの君達!ほんっと仲悪いんだから!あとリナリーの名前で口喧嘩するのやめて気分悪い!』
「……だったら何でこのペアで派遣させたのよ」
『だって2人しか動けるエクソシストがいなかったんだもん!』
「だもんじゃないわよいい歳して可愛こぶってんじゃないわよ」
『とにかく!天候が回復するまでどこかで待機してなさい!夜明けには止むみたいだから、どこか宿でも取って』
「夜明け!?ここで1泊しろっていうの!?冗談じゃないわよ何でこいつと…っ」
『あ、経費そんなに出せないから2人で一室だからね!特になまえちゃん!君浪費癖あるんだから贅沢に1人部屋とか取らないでよ!?あっ、ザザッ…やば、電…波、悪、ぃ…』

ブツッ、痛々しい音を立ててゴーレムの通信は切れた。

「…最っ悪…」
「こっちの台詞です…」
隣の白髪は顔を伏せてこの世の終わりのように嘆いている。
ああもう、何でこんなことになっちゃったのよ。だから任務なんて嫌いなのよ。







***

たまたま雨宿りをしていた店が宿屋だったため、わたしたちは仕方なくそこに入ることにした。
「すいませーん、1人部屋を2室おねが「ツインで。1室お願いします。」…チッ、けち」
「君さっきの話ちゃんと聞いてました?馬鹿ですか?」
「うるさいわね聞いてたわよ、こっそりやれば問題ないでしょう?あんたが必要以上に食べましたーって言って経費落としてもらえばいいんだから」
「ほんっと悪魔みたいな性格してますね君。廊下で寝ろ」
「何でよ、嫌よ、あんたが廊下で寝なさいよ」
「嫌ですよ、大体君は「お客様、只今ご案内できるのがダブルベッドのお部屋のみなのですがよろしいですか?」…よろしくないですせめてベッド離したいです部屋の隅と隅で」
「わたし達は黒の教団よ!?もっと上質な部屋を用意してくださる!?」
「そう言われましても、他は満室で…大雨の影響で、他の宿も既に満室だそうですし…」
「…………」
「…ほんと、君といるとロクなことがない」
…こっちの台詞よ。


部屋に入り、真っ先にシャワーに向かった。後ろから「ちょっと!何先に使おうとしてんですか!」と叫ぶ声がしたけど、聞かなかったことにした。雨に当たって気持ち悪いのよ、先にレディーを通すのが普通でしょ?英国紳士だか何だか知らないけど、そんなこともできないんじゃ紳士じゃなくてただのモヤシだわ。



…本当に、何でわたしがこんな目に遭わなきゃいけないのよ。
エクソシスト?AKUMA?何それ、いきなりそんなこと言われたってハイそうですかってすんなり納得できるわけないでしょう。わたしは王室で生まれ育って、そのまま裕福な暮らしをして、素敵な男性と結婚して王女になって幸せに過ごすはずだったのよ。それが何でこんなことになっちゃったの?
あの日、パパが誕生日に骨董品店で見つけてきたペンダントを身につけてから、不思議なことが周りで起こるようになって、突然やってきた黒ずくめの人達に「エクソシストだ」なんて言われて有無を言わせず連れ去られて、だけどパパもママも追いかけてはくれなくて…。
黒の教団なんて、胡散臭い人達ばっかり。任務だ何だって出かけては、大怪我をして帰ってくる。出たまま帰ってこない人もいる。
AKUMAなんて得体の知れない気色悪いモノと戦わなきゃいけなくて、痛いし、汚れるし、団服は可愛くないし、ネイルは派手にできないし。

どうしてわたしなのよ。どうして、わたしが戦わなきゃいけないのよ。
誰か教えてよ。パパもママも使用人も家庭教師も、こんな世界は教えてくれなかった。AKUMAの倒し方も、自分の命の守り方も、ましてや他人を守る方法も、何一つ。
こんな力、いらなかった。わたしが選ばれるなんて、そんなのおかしい。
コムイ室長は、「初めは皆そう思うんだよ」って、申し訳なさそうに笑った。そして、「それでも、世界のために、君は戦わなきゃいけない」って、欲しがってもない使命を勝手におしつけられた。
世界が何だっていうのよ。そんなのどうだっていいのよ。

わたしはただ、わたしが幸せであればそれで良かったのに。






―…さん、なまえさん、

耳の遠くのほうで、声が聞こえて、わたしはうっすらと瞼を開けた。ぼうっとする思考が徐々に澄んできて、霞んだ視界もクリアになった。
わたしの顔を、アレン・ウォーカーが覗き込んでいた。
「…は?え?ええ!!?いっ………たぁー…!」
はっとして起き上がった拍子に、思いきり頭をぶつけた。わたしと同じ場所(額)を押さえながら、アレン・ウォーカーが悶えていた。
「〜〜〜き、急に起き上がらないでくださいよ…っ」
「う、うううるさい!あんたが、顔覗き込むからっ…」
「とりあえず、服は自分で着てください、寒々しいです」
「は?……っ!!!」
信じらんない!ここまで最悪な男だったなんて!!バスタオル1枚で隠しながら、わたしは白髪頭を思いきり殴った。
「いったっ…!!ちょ、何するんですか!!」
「それはこっちの台詞よ!!最っ低!!寝込みを襲うなんて!!」
「は?君いつ寝たんですか?」
「はっ?」
「長風呂だと思ったら、いきなりシャワー室からバスタオル1枚でぶっ倒れてそのまま逆上せてぶっ倒れたのは君でしょう?勝手に変な疑いかけないでください、大体君なんか襲ったって僕に何のメリットもありませんおえぇ」
「ちょっと最後!何吐いてんのよ失礼ね!」
「むしろ僕が襲われるんじゃ…」
「誰が襲うのよ!!馬鹿!!」

「…それだけ暴言吐ければ、元気ですね」

ふわり、珍しく優しい微笑みを浮かべたアレン・ウォーカーに、思わずぐっと口を噤んでしまう。
そんな顔、仲のいい人達にしか、見せないくせに。わたしになんか、一度も向けたこと、なかったじゃない。
何なのよ、調子狂うのよ馬鹿。

いそいそと着替えている間に、アレン・ウォーカーがシャワー室に入っていった。そして10分もしないうちに出てきた。
「早っ!ちゃんと洗ったの!?ていうか上!シャツぐらい着なさいよ馬鹿!」
上半身裸で出てきたアレン・ウォーカーにシャツを投げつければ、彼はいとも容易くそれをキャッチし、どやぁ…と効果音がつくほど憎たらしい笑顔を向けた。むかつく死ね!

「ちょっとは、落ち着きました?」
「は…?」
ベッドに腰掛け、がしがしと乱暴に髪を拭きながら、アレン・ウォーカーは言った(だから、シャツ着なさいってば!)。
「…さっき、ちょっと様子がおかしかったから」
「…それは、単に逆上せたから…」

「泣いてたくせに?」



…は?泣いてた?誰が。わたしが?
訳も分からず表情を歪ませれば、アレン・ウォーカーはくす、とわたしを見て笑う。
何なのよ、その「僕知ってますよ」的な顔は。

「逆上せて、僕が仰向けにしてあげた時。苦しそうな顔で、泣いてた」
「…そん、な、わけ…」
「泣いてたよ。ねー、ティム」
アレン・ウォーカーは子どもみたいに金のゴーレムに話しかける。隣でぱたぱたと羽根を動かしていたゴーレムは、まるで「そうだそうだ!」とでも言うかのように、こくこくと物凄い勢いで頷いている。
「ほら、ティムが証言してるもん」
「…そ、そんなの、ゴーレムなんて、証言にならない、わよ」
「…まぁ、君が認める認めないはどっちでもいいんだけどね」
よっこいしょ、と、アレン・ウォーカーはベッドからゆっくり腰を上げる。そのまま手近にあったコップを取り、水道を捻って水を出す。…ていうか、お得意の敬語はどこへやった。そしてシャツを着てほしいいい加減。
「証言ついでに、もういっこ教えてあげよっか」
彼は水をこくりと飲んで、それから、わたしを見て、言い放った。

「『怖いよ』って、言いながら、泣いてたんですよ」

ふわ、
微笑みながら、彼の雰囲気はどこか儚げで、妖艶だった。不覚にも、心臓が必要以上に心拍を上げる。


『怖い』?
違う、そんなわけない、そんな感情、わたしじゃない。
何が怖いというの。
わたしは、ただ、今の自分の不運さを嘆いていただけで、怖いものなんて、何もないはずよ。


「…AKUMAって、見慣れないうちは、すごく怖いモノですよね」
「ちがう、わたしは、」
上手く、喋れないのは、きっと雨に当たったから。
「君はこれから先、たくさんのAKUMAと遭遇し、それらを破壊していくでしょう。そうしているうちに、怖いなんて感情は、出てくる暇がなくなりますよ」
「だから、わたし、は、」
「数十体、数百体…そのうち、数なんかカウントできなくなるくらい、たくさん、たくさん破壊しますよ」
「ちがう、そんなの、」

「だけど、その1つひとつは、皆、人間だった」

「命だった。誰かの、大切な人だった」

「その、命だったモノを、僕達エクソシストは、壊すんです」

「悲しい出来事を繰り返さないために、もう二度と、甦らないように、壊す」

「壊すたびに、命の重さを、これでもかってぐらい、感じさせられる」

「ああ、また命を壊した。助けられなかった。って、嘆く」




…アレン・ウォーカーの、言葉が、ひとつ、ふたつと、零れて、落ちる。
がくん、両膝が機能しなくなって、わたしの下半身は情けなく床に雪崩れる。


「それが、僕達エクソシストの使命です」
「……」
「…怖い?」

俯いた視線の先に、ぽた、ぽた、落ちる雫が暗い染みを作る。

ああ、なんだ、やっぱり泣いてるじゃない。

いくら強がったって、やっぱり、昔の幸せだったわたしには、もう戻れないのよ。

馬鹿ね、もしかしたら、って、どこかでまだ、かっこ悪くしがみ付いていた。

教団に来たわけじゃない、少しの間力を貸してあげるだけだ、って。

どうやら、わたしの持つ力は、万人に与えられるものではないみたいだから。

だから仕方なく、居座ってやったのよ。

馴れ馴れしく「わたし達は家族よ」なんて笑いかけるあの子も、

「一緒に戦おう」って手を差し出すあのメガネの男も、

いくらつっけんどんに返しても怯まず懐いてくる、あのオレンジの髪の男も、

一匹狼を装って、ほんとはいつも誰かを想ってる、あの日本人の男も、




「…恐怖から逃げるな、なまえ」

目の前で、偉そうにわたしに命令してくる、この白髪男も。




本当は、全部全部、知りたくなかった。認めたくなかった。


「…逃げてなんかないわよ、馬鹿モヤシ」

世界がどうなるかなんて、そんなのどうでもいいわ。

命の重さなんて、知ったところで何も変わらないわ。


わたしは、わたしが幸せになれれば、それでいいのよ。
そのためなら、いくらでも働いて破壊してやるわ。

わたしのみちは、わたしがきめるのよ。

「あんたになんか指図されたくないわ、アレン・ウォーカー」

きっ、と睨んで、不敵に微笑んでみせれば、

「…ふは、上等だ」

同じように、シルバーホワイトの2つの瞳が、不敵に笑った。






ぎこちない深呼吸


*******************

*パンプキンさまリクエスト*
『腹黒アレンと犬猿の仲の女の子と、任務』


原作の雰囲気は、やっぱり難しい。。うっわ、むかつく!って感じの女の子にしたくて、でも結局はただの強がりさんなんだよっていうオチ。口の悪い2人の言い合いが書いててすごい楽しかった。そんなけいが一番腹黒い気がする。
パンプキンさま、リクエストありがとうございました*

2014.1.13*


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