60000kikaku* | ナノ

「アレンせんせー、病人お願いしまーす」

とある男子生徒がそう言って保健室のドアを開けたのは、穏やかな時間の流れるお昼前のことだった。
彼が自分の肩を貸して担いできたのは、クラスメートの女子生徒だった。彼女は頭を大きく伏せて、彼の肩に力なく寄りかかっていた。どうやら彼女の症状から察するに…
「…風邪みたいだね」
「さっすがアレン先生、こいつ熱あるくせに無理して来やがったみたいなんで、ちょっと寝かせてやってー」
僕の案内でベッドに誘導された彼は、よいしょと呟いて彼女をベッドに下ろした。
「どう?頭下ろせる?何か飲み物買ってこようか?」
甲斐甲斐しく彼女に話しかける彼を、彼女が朦朧としながらもたしなめる。「大丈夫、ありがとう」とその口が微かに動いた。
「この馬鹿なまえ、熱あんなら大人しく休んでろっつの」
ぶつくさ彼女に文句たれながら、彼は彼女の代わりに保健室利用書に記入する。そしてはい先生、と、それを僕に手渡した。
「ご苦労様。授業中なのに大変だったね」
「授業中にぶっ倒れたあいつに言ってください、次英語当てられたらあいつのせいなんで」
そう冗談めいて、彼はにかっと笑った。

彼が保健室を出て行ったのを見届けて、僕はベッドに臥せる彼女のほうに顔を向けた。彼女は案の定、ぐったりと横たわったまま浅い呼吸を繰り返していた。どうやら、相当つらそうだ。
僕は引き出しから体温計、冷蔵庫から冷却シートと保冷剤を取り出して、もう一度彼女に近づいた。
…ええと、そうだ、彼女は確か、生徒会役員の、みょうじなまえさん。
「みょうじさん、仰向けになれますか?一度検温するけど…」
僕の呼びかけに彼女はすぐ反応し、急いで上体を起こそうとした。ゆっくりでいいですよ、と再度彼女の身体を支えてたしなめる。内側から火照る身体は熱くて、腕にはらりとかかる彼女の後ろ髪が、少しだけくすぐったかった。
「…38.7℃。どうする?お家の人呼んで早退します?」
ピピッ、と可愛らしい音を鳴らした体温計には、ちっとも可愛げのない数値が表示された。僕はそれを白衣のポケットにしまい、冷却シートを彼女の額に貼りながら彼女に話しかけた。
彼女は力なく床に臥せて、それから「…今日、親旅行中で…」と、搾り出すように答えた。旅行中か、それはちょっとついてなかったなぁ。
「そっか、楽になるまでここで寝てていいから、後で僕が車で送りますよ」
さらりと言った僕の一言に、彼女は両目を大きく見開いた。
「え…い、いいです、悪いです」
「病人が何言ってるんですか、いいから甘えておきなさい。ね?」
そう言って彼女の頭を優しく撫でると、彼女は抵抗する術をなくして小さく縮こまった。

カーテンを閉めると、しばらくして床擦れの音も止み、どうやらようやく寝入ったらしい彼女。
珍しいことに、この日、ベッドを使った生徒は彼女だけだった。





***

部屋の外が、少しだけ賑やかになった。4限目終了のチャイムとともに、昼食をとり始める生徒達。それから少しして、保健室のドアがノックされた。
「アレンせんせー、あいつどう?」
ガラガラとドアを引いたのは、先程みょうじさんを運んできた男子生徒だった。今ぐっすり眠っていますよと伝えれば、彼はそっかと答え、彼女のベッドは覗かずに去るようだった。
「アレン先生、もしあいつが起きたらコレ渡してやって。鞄と、昼飯」
彼女の症状から早退することを見越して、彼は教室から彼女の持ち物を持ってきてくれたようだ。
「ありがとう。このパンとジュースは僕にってことでいいかな?」
「ちょっ、だめだめ!これあいつの好きなパンだから!さっきダッシュで買ってきたやつだから!」
冗談ですよと笑えば、彼は肩の力が抜けたように「何だよぉ、からかうなよせんせー」と笑った。

はた、と、実にどうでもいい疑問が浮かんだのは、この時だった。
「ねぇ、君はみょうじさんの彼氏?」
静かにそう尋ねれば、彼は一瞬の停止の後、「あはは、違うよせんせー!」と明るく答えた。
「幼なじみみたいなもんだよ、家が隣同士で昔からの腐れ縁」
「何だ、親密そうだからてっきり彼女なのかと思ったよ」
「んー、まぁ彼女っつーか、家族みたいなもんかな、だからそれなりに大事には思ってるんっすよ」
「…ふぅん」
「んじゃ、あいつのことよろしくねアレン先生」
彼はぶんぶんと手を振って保健室を後にした。

部屋の中がまた少し静かになった。その足で、僕は彼女のベッドを覗いてみた。音を立てずにカーテンを開ければ、彼女は横向きで、すぅすぅと小さく寝息を立てて眠っていた。先程よりかは幾分か安らかな表情になっている。
額にかかる前髪が、じんわりと汗を纏っていて、それはとても甘美なものに見えた。

ただの、高校生だ。そんなの、十分分かっている。

それでも僕は、この得体の知れない好奇心を制御できなくなりそうだった。


一歩外に出れば、多くの生徒や教員がうろつく、このハイリスキーな環境。

「…ん、」

小さく身を捩って、艶のある声を漏らした彼女。



「…妙にそそるんだよなぁ、このシチュエーション」

誰にも聞こえない呟きは、僕の口から零れ落ちて消えた。指で彼女の前髪をそおっと掬えば、まるで絹糸のような黒髪が僕の指をするりと巡る。
例えばここで、今僕が彼女に手を出したら、彼女はどんな反応を見せるだろうか。怯えて泣くだろうか、欲に流されて僕を受け容れるだろうか。

ああ、見てみたいなぁ。
怯える彼女もさぞ可愛いだろうし、本能に抗えなくなる彼女もきっと妖艶なのだろう。





   試して みようか ?



喉の奥で、黒い欲がその存在を主張しだす。

セーラー服の赤いスカーフに、ゆっくりと、手を伸ばす。







キーンコーン…

タイミング良く鳴り響いた予鈴に、彼女がゆっくりと瞼を開いた。
「……せん、せい、」
「目、覚めました?冷却シートを替えようと思ったんですが、起こしちゃいましたかね」
「いいえ、でも、少し楽になりました、」
「良かった。でもまだ熱がありそうなので、家まで送りますよ。鍵取ってきますね」
すみません、と弱々しく答える彼女の頭を、僕はぽん、と優しく撫でた。
「あ、それからこれ、さっき君を運んできてくれた彼が持ってきてくれたやつです」
かさ、とパンのビニールが小さく鳴る。ゆっくり起き上がって僕からそれを受け取った彼女は、それを大事そうに両手で包みこんだ。
それはそれは、ひどく幸せそうな顔で。

「…優しいね、彼氏?」
僕は先程彼に向けた質問と同じものを、答えを分かっていながら彼女にも問いかけた。
「そ、そんなんじゃ、ないです」
うん、知ってるよ。幼なじみでしょ。
「…でも、君は好きなんだね?」
にこ、と微笑み、顔を覗きこんでそう言えば、彼女は熱以上の赤みをその顔に浮かべた。
「…か、からかわないでください」
「あはは、ごめんね、あんまり可愛いからついからかいたくなっちゃうんですよ」
ぽんぽんと、僕は彼女の頭を撫で続ける。


…本当に、可愛い。

「……アレン、せんせい…?」
「…いいね、若いねぇ」

青春真っ只中で、汚れも絶望も、何にも知らない、純真無垢なこの子。


さて、この子の目を、どうやって濁らせてみようか?


「…あ、の、」
「…目の下に隈。遅くまで勉強してるの?」
するり、頭から手を滑らせて、彼女の頬に触れる。びくりと肩を揺らした彼女。その瞳には、僕の姿がゆらゆらと映っている。
「肩も細いし…ちゃんと食べてる?身体を作る大事な時期なんだから、パンだけじゃなくて野菜とかもしっかり食べなきゃ」
「…す、すみま、せん、」
するり、するり。
「っ、や、せんせっ…」
「あれー、熱が上がってるんじゃないですか?」
首筋から肩、鎖骨、襟の下へと手を滑らせる。どこに触れても熱を帯びている彼女の身体は、僕の加虐心を追い風のように駆り立てる。

ぎしり、
ベッドに片膝を置いて、彼女との距離を詰めた。僕を避けるように後退する彼女の身体。僕は自分の手を彼女の後ろに置くことで食い止める。いよいよ逃げ場をなくした彼女が、怯えた目で僕を見た。


ああ、うん、すっごいそそる、その顔。


「っ、」
「…みょうじさん、感度いいね」



しゅるり、スカーフを白いシーツにゆっくりと落とす。

僕はにっこり微笑んで、彼女の頬に優しくキスを落とした。



「大丈夫、すぐ気持ち良くなるから」


さぁ、課外授業を始めましょうか。






軋んだ熱




******************

*彩加さまリクエスト*
「風邪引き女の子と保健師アレン先生」

…なんだ、けいはそろそろこのサイトに年齢制限をかけなきゃいけないのかな。こ、ここまで書くつもりはなかったんですが、思った以上に変態アレンさんになっちゃいました…!こんなアレン先生免職になってしまえばいい。
彩加さま、遅くなった上こんなへんたいなおはなしになってしまってすみません。。リクエストありがとうございました◎

2013.5.6*

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