60000kikaku* | ナノ

「オレと付き合わねぇ?」



ピピッ、と軽快な音を立てて、コピー機が動きを止めた。それは決して先程のオレの発言がきっかけではなくて、単なる用紙切れを知らせるためのものだった。コピー機を操作していた彼女は、その右手の動きをぴたりと止めて、ぽかんと隙だらけの表情をオレに向けた。そして案の定、すぐに重いため息を吐いて心底呆れた表情に変わった。

「…その台詞、もう何回目ですか」
「えー?わかんね、10回くらい?」
「多分50回くらいだと思います」
「おーすげぇ、数えるくらい気にかけてくれてたんさ?」
嬉しくて思わず両手を広げて抱きつこうとすれば、彼女はひょいと躊躇いもなくオレを避けた。おおぅ、身軽ー。
「…ラビさん、そんなこと何度も言ってると言葉の重みがなくなっちゃいますよ」
「えー、だってそんだけなまえちゃんのこと好きなんだもん」
「…ラビさんが言うと、なんかチャラいです」
「ひどっ!」
オレの泣き落としにも当然彼女は動じず、淡々と仕事に勤しんでいる。いかにも彼女らしいその振る舞いに、オレは堪らなく好奇心が駆り立てられる。オレおかしいんかな、こーいう冷静沈着な対応も彼女らしくて、ますますちょっかいを出したくなってしまうのだ。

「…あー、やっぱオレなまえちゃんのことすげぇ好きだわ」
にへらと緩む頬を抑えられずコピー機にもたれると、なまえちゃんはコピー機の下を覗きこんで「あ、ラビさん、倉庫からA4の用紙持ってきてもらえますか?」と言った。
ちくしょうスルーかよ、どこまであっさりしてるんさキミは。大好きだもう。







***

『恋は盲目』というあまりに有名すぎる格言は、今のオレにとっても十分すぎるほどあてはまるものであり、あわよくば彼女もそうであってほしいのになーという浅はかな願望すら抱いている。
「何でかねぇ、人間っていくつになっても恋にときめく生き物なんさねぇ」
「さっきからきめぇよ、メシぐらい黙って食えねぇのかてめぇは」
「何だよ冷たいなーユウは!ユウだってさっきからズルズルうるさいさ!」
「蕎麦食ってんだよ、蕎麦は音立てて食うのが普通だろうが」
「昨日もそう言って蕎麦食ってたさ…どんだけ好きなんさ…いや知ってるけどさ…」
ってそうじゃない、今日はユウに相談しようと思ったんだった。オレはそう思い直し、手元で弄っていたフォークを置いた。カチャ、と小さく音を立ててそれはパスタの残る皿に横たわった。
ユウが蕎麦を平らげる頃には、一通りオレの恋愛事情が公開されていた。

「……は?お前の好きな奴ってみょうじ?」
「そ。めっちゃ好き。あ、言っとくけどユウは抜け駆け禁止ね、さすがにオレでもユウみたいなイケメン相手に戦えないんで」
「言われなくてもしねぇよ、つーか名前で呼ぶなここどこだと思ってる」
「ただの社食だろ、何なんさ、ユウの名前って滅びの呪文か何かですか」
「どちらかというと助けの呪文の方だ」
「意味分かんねぇよ、つーか真顔でそういうこと言うなさ、そんなだから天然イケメンだのギャップが堪んないだの騒がれてバレンタインデーに持ち帰り用の紙袋足りなくなるんさ」
「おい、若干後半やっかみ入ってねぇか?」
「うるせーやバ神田。そば粉にでも埋もれてしまえばいいさ」
「そろそろ仕事戻るわ」
「うそうそごめんて!お願いだから行かないで!もうちょっとオレの相談に乗ってー!」
慌ててユウの腕にしがみ付いて懇願作戦に出ると、ユウは心底うざったそうにそれをはらいのけてどかっと腰を下ろした。

「ったく…んで?あんなツンデレ女のどこがいいんだよ」
「ツンデレばかにすんなよ!?それがなまえちゃんの持ち味だろ!」
「デレられたことねぇくせに」
「どーせツンしかねぇよ!なにさ、ユウだってオレとそう関係変わらねぇくせに!」
「俺を勝手にライバル視すんなめんどくせぇ。お前だってあいつと2人でメシ食うぐらいしたことあんだろ」
「馬鹿にすんなさ、それくらい本気になればすぐ……え、『お前だって』?」
ユウの口から出た聞き捨てならない言葉を、オレは再確認するかのように呟いた。
「…ユウ、お前それ…」
「あいつと乗り換えの駅が一緒で、何回か夕飯食っただけだ」


…マジかよ。





***

「…はー、マジかよ…」
カタカタ。無機質なキーボード音が響く残業中の社内で、オレは盛大にため息を吐いた。だって、これ、まさかあのユウに先越されてるなんてまじ有り得ねぇんすけど。いや、あいつにそういう気がないのは何となく分かるけどさ、でもあの鉄壁なユウとあっさり夕飯を共にするなまえちゃんどんだけハイスペックなんさ。
「さっきから何ため息吐いてるんですか?その仕事、〆切間に合いますか?」
「なぁなまえちゃん、今日一緒に夕飯食おー」
「…ラビさんとご飯食べると疲れそうですね」
「何で!?」
「あ、わたしこの書類部長に提出してきます」
するり。するり。すり抜ける。まるで風みたいに。
いつもこうだ、彼女はオレのアプローチをまるでなんてことない障害物みたいにするするかわしていく。オレってそんなに相手にされてないんかなぁ。
デスクにずるずると項垂れたまま、ちらり、彼女の背中を目で追う。ふんわりと揺れるプリーツスカートが羽根みたいに見える。すらりと伸びる2本の足は、オレよりもずっと小さい歩幅を描いて、華奢なパンプスはまるで踊るように動く。ちくしょう、可愛いな。
何であの子はオレの方に振り向いてくれないんかな。あ、なんか切なくなってきた。ちくしょー、やっぱなまえちゃんもユウみたいなイケメンが好みなん……




  …あ、れ。




「…ちょお待って、なまえちゃん」


光の速さで身体を起こしたオレは、咄嗟に彼女の手をはしっと捕えた。そのはずみで、彼女の持っていた書類はひらひらと床に舞い落ちた。

「…何、ですか?」

オレの方を振り向かず、立ち止まって言葉を紡いだ彼女。
「…こっち、向いて」
「…何でですか」
「いーから、早く」
「…嫌です」
「何でさ」
「嫌なものは嫌なんです」
「……ほんっと、強情さねぇ」

ぐいっ、強引に腕を引いて彼女を振り向かせた。あまりに華奢なその腕は、オレの力でいとも簡単に折れてしまいそうに思えた。
よろめいた彼女の身体は壁に傾き、オレはそれを利用してドン、と彼女を壁に追いやった。それと同時に、部屋の電気がフッと消える。どうやら彼女の背中がスイッチを押してしまったようだ。


月明かりが、ほのかに部屋を照らした。
史上最短距離にある彼女の顔は、俯いたままだった。
「気付いちゃった、オレ」
「……離してください」
「じゃあこっち見てよ」
「……っ」
ふわりと彼女の前髪を指で掬う。驚いた彼女がオレの手を払いのけようとする。それをするっとかわし、彼女の顎をぐいっと掴んで無理やり顔を上げさせた。


ああ、ほら、やっぱりさ。

「どこまでツンデレなのなまえちゃん」
「…何の、ことですか」
「しらばっくれるのもいい加減にするさ、こんな顔しといて」

月明かりでも分かるくらい、紅潮させといて。

「オレにメシ誘われたの、そんなに嬉しかった?」
「…違い、ます」
「オレに『好き』って言われるたびに、恥ずかしくてごまかそうとしてた?」
「違う、わたしは、」
「そう言われてみれば、なまえちゃんて一度もオレの告白ハッキリ断ったことなかったもんな」
「っ、」
「なぁ、そろそろ正直になったら?…好きなんデショ?オレのこと。」
耳元でそう言えば、ますます顔を赤らめる。あー、もう、それ反則。
「…っ、離してください、部長に言いますよ?」
「だぁからさぁ、そんな顔で凄みきかせたって意味ねぇっつの」

ぐ、と、くっつきそうなくらい顔を近づければ、逃げ場のない彼女はただ目を潤ませるだけだった。



ああ、やっと、捕まえた。




「ぜってぇこの口から、『好き』って言わせてやるさ」

それまでは、オレがこの口に『好き』をひたすら吹き込んでやる。




「なまえちゃん、すっげぇ好き」

何か返答しようとした彼女の口を、オレは自分の口で塞いで飲み込んでやった。






風と蜜月








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*みなづきさまリクエスト*
「ぐいぐい来る上司ラビ」

今回の企画唯一のラビさんです。実はアレンさんより動かしやすくて書きやすいことに気付いてしまいました。ラビさんハイスペック!「〜さ」のお決まりの口調は、けいが書くと若干現代風(?)に崩れます。だってそのほうが好みなんです。
みなづきさん、遅くなって申し訳ありませんでした。。素敵なリクありがとうございました*


2013.2.23*
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