60000kikaku* | ナノ

※10000打企画「ハサミと前髪」の続編です。








髪、ばっさり切ろうかなぁ。


わたしがぽつりと溢した呟きを、隣でくつろぐ彼は聞き逃さなかったようだ。
「ばっさり、って…せっかくきれいに伸ばしてたのに?」
「まだ悩み中ですけどねー、ボブとかかわいいなぁなんて…」
雑誌をペラペラ流し見ながら、何となく気になったヘアスタイル特集のページに目を止めた。パラパラと動くそれに、彼はそのしなやかな手を伸ばして動きを止めた。
「…だめです、絶対だめ。」
「何でですか?」
静かに、だけどきっぱりと、彼はわたしの発言を否定した。確かにずっと伸ばしてたけど、別に目的があったわけでもないし、何となく切りたい気分になっただけなのだ。何でかなぁ、と首を傾げて返答を待つと、
「こんなきれいな髪、切ったら勿体ないです」
そう言って、わたしの髪を一束手に取った。わたしは彼に髪に触れられるのは嫌いではない…というかむしろ好きだ。だからこういう、ふとした彼の仕草に、いちいち心臓が反応するのは致し方ないことだと思う。何というか、お姫様にでもなった気分だ。
「…でも、いつまでも伸ばしてたらラプンツェルみたいになっちゃいますよ」
「いいじゃないですか、そしたら高い塔に閉じ込めても髪の毛伝って会いに行けるし」
「あのすみません、冗談ですよね?幽閉とか嫌ですよ…!」
この人は時々、どこまで冗談でどこまでが本気なのか分からなくなるから怖い。ほら、今も否定しないでふふ、って上品に笑ってるだけだからね。
「まぁ、百歩譲って僕が切るのは許します」
「わたしの髪なのに偉そうですよねアレンさんて」
「ジャイアニズムです」
「何ですかそれ。…じゃあ、もしわたしが他の人に髪切ってもらったら、どうするんですか?」
そんなこと、興味本位でも聞くんじゃなかったと、後に後悔するような返答が返ってきた。

「そんなの決まってるでしょ、僕の嫉妬深さを甘く見てもらっちゃ困ります」

にっこりと効果音が聞こえそうなほど、彼は口角を引き上げて笑った。こういう笑顔の彼は嫌いではない、けど、どうにも台詞との違和感を拭いきれない。ドロドロに濁った台詞と、それに似つかわしくない輝いた笑顔。そのギャップとも言うべき違和感に、両腕の鳥肌がぶわっと総立ちした。
彼を嫉妬させてはいけない、わたしは自分の脳内に深く刻み込んだ。



もうすでに周知の事かもしれないけれど、彼、アレン・ウォーカーさんは、わたしがいつも切ってもらっている美容師さんである。そして彼とわたしの関係は、今や美容師さんとお客さんの関係を超越したものになっていた。シンプルに言うと、所謂恋人同士というやつだ。

そんな彼にここまで髪を切るなと言われてしまった手前、考えを躊躇わなければいけない。ぐるぐる悩みだすわたしの傍らで、尚もわたしの髪を手離さず、くるくると弄んだり梳いたり、果ては編み込みまで始めてしまったアレンさん。ちょっと、人の髪で何遊んでるんですか。
「あれ、シャンプー変えました?」
(見えないけど)わたしの髪に鼻を近づけてくるアレンさんに、謀らずも速くなるわたしの心拍。
「え、えっと、新発売のやつに…って、ちょ、な、何してるんですかアレンさん!」
髪に顔を埋めるだけではおさまらず、腰に手を回して、わたしとの距離をぐっと縮めてくる。ちょちょちょ、近い!
「あー、CMでやってるやつかぁ。いい匂いですね」
「そ、そうじゃ、なくってー…っ」
ああもう、シャンプーとかもうどうでもいいのでとりあえず離れてください!ぐぐぐ、と渾身の力でアレンさんの身体を押しやる。不思議なくらいびくともしない彼の身体に、わたしは徐々に自分の体力の消耗を実感する。この細い身体のどこにそんな逞しさがあるんだ。くそう。
「あ、やばい、ムラムラしてきた」
「はい!?」
「やっぱあれですよね、彼女のシャンプーの匂いって男の本能を絶妙にくすぐってきますよね」
「知りませんよそんなの…!」
「なまえさ、力じゃ僕に敵わないっていい加減気付いたら?」
くすくす、彼の小さな笑い声がわたしの耳にも届く。
「まったくかわいいなぁ、僕の彼女さんは」
赤くなるわたしの頬を撫でながら、アレンさんは眉を下げてくしゃ、と笑う。…この笑顔に、わたしは弱い。
「…なまえ、キスしたい」
「………の、のーせんきゅー…」
「…なまえ、」
「〜っ!」
ばか、ばかばか。耳弱いって知ってるくせに。色っぽい顔で見るなばかー!
「…そうやってすぐ赤くなるとこも、かわいい」
「……ばか、へんたい…」


最後の暴言を彼に投げつけた後、わたしはゆっくりと降伏するように瞼を閉じた。だってこのまま言いなりになるだけじゃ、悔しいじゃない。捨ての台詞くらいは残しておきたかったの。
「それ、最高の褒め言葉です」

ああ、でも、
結局わたしは、彼には一向に敵わないのだ。

唇に優しく降ってくる感触に、ドキドキと煩い心臓に、耳が遠のく。


このまま、溶けてしまってもいいとさえ、思う。




***


「カットモデル?」
学校に行くなり、真っ先に声をかけてきた友達の口から発せられた言葉に、わたしは戸惑いつつオウム返しをした。
「そう!なまえ髪切りたいかもとか言ってたでしょ?わたしの友達が美容師の見習いしててね、タダでカットしてくれるっていうんだけど、どう?」
タダ、という言葉に若干気持ちが揺らいだけど、でもなぁ、アレンさんにあれだけ止められたしなぁ…。
「ていうかなまえくらいの長さで染めてない子なかなかいなくて、ぜひって頼まれたの。カットと、緩く巻けるくらいのロングヘアーがほしいんだって。そんなに短くならないから、ねっ!」
「…そう言われてもなぁ…」
「お願い!もうなまえしか頼める人いないの!」
「…ええー…!」
「ていうかごめんね、実はもうOKしちゃって、今日の夕方に連れてくって約束しちゃった☆」
「え、ちょ、何勝手にOKしてんの!?」
「てへぺろ」
「てへぺろで済まそうとしないでよ大問題だよ!」
…とはいえ、困ったことになった。彼女は一度決めたことは絶対に揺るがない頑固な性格だということもよく知ってるし、おそらくわたしに残された選択肢は一つしかない。

…アレンさん、ごめんなさい。わたしは心の中で精一杯の謝罪をした。ご丁寧に、両手を組んで。
「なまえ、どこに向かって拝んでるの」
「拝んでるんじゃないよ、懺悔してるんだよ」
アレンさんという絶対的な神に。




***

「……やってしまった…」
すっかり暗くなった道を、「ありがとうございました〜」という声を背中に受けながらとぼとぼと歩きだした。

切られてしまった。髪を。そしてご丁寧にゆるゆると巻かれてしまった。何このヘアスタイルちょうわたし好み!と心が躍る反面、後ろめたさが拭えない。
…や、でも、そんなに長さ変わってないし、ぱっと見気付かない、なんてことも…
「…ないよね、アレンさんの職業何だと思ってるのよ、プロだよあの人」
しかもプロ目線に加えて『嫉妬』といういらないオプションがついてくるよ。事実を知ったら何してくるんだろう。…まぁ、それだけ愛されているのは事実だから、嬉しくないわけじゃないんだけど。


「……あ、」

まずい、この道、このまま駅に向かったら、アレンさんのお店の前を通ることになる。今日は多分まだお店にいるはずだし、このタイミングでアレンさんと会ったら色々とまずい。わたしは数歩後ろに下がって方向転換し、裏通りを歩くことにした。
ちょっと人通りが少なくて、ほんの少し怖い裏通りを、わたしは少し早足で進んだ。怖さと寒さを紛らわすために、カバンから携帯を取り出した。その瞬間、するりとわたしの手をすり抜けて携帯が道端にカシャンと落ちた。しまった、かじかんで上手く掴めなかった。
「今日手袋してないんですか?はい携帯」
「今日忘れちゃって…あ、どうもすみません」


……あっれぇー?


「…なん、なんでアレンさんがここに…!?」
「愚問ですねぇ、店がすぐそこなんだからいてもおかしくないでしょう?」
「…それも、そうですね…」
「今閉店作業中で、ゴミ袋が切れたのでコンビニで買ってきたんです」
そう言って、手に持った袋をがさっと持ち上げたアレンさん。…コンビニに行くとは、想定外だった。
「なまえこそどうしたんです?寒い中立ち話もなんですし、店入りましょうか」
「え、や、わたしは…」
「というか僕が寒くて死にそうです。ほら、行きましょう」
お構いなしにわたしの手を握ってお店へと歩き出すアレンさんに、わたしはなす術もなくついていくしかなかった。くそうどこまでも強引なひとだ悔しいけどかっこいいなぁもう!…じゃなくて!何ときめいてるのわたし!ピンチだよばか!


暖かい店内に入り、「あ、なまえちゃんだー」という店員さん(すでに知り合い)の声に「すみませんお邪魔しまーす…」と苦笑いを浮かべながら、奥のソファに誘導された。
「掃除が終わるまでここで待っててください」
「…お手伝いしましょうか?」
「…あ、じゃあ、そこの鏡拭くのとか、お願いしてもいいですか?」
「はい」

……良かった。マフラーとコートの大きいフードで隠してるから、今のところ髪はばれてない。このまま今日はやり過ごせるかな。わたしは淡い期待を抱きながら、せっせと鏡を磨いた。



「お疲れさま。お手伝いありがとうございました」
シャツの袖を捲りながら、にこ、と微笑むアレンさんが、申し訳ないけど堪らなくかっこいいと思った。何でわたしがこの人の彼女になってるのかいまいち分からない。
「あとはレジ締めだけなので、ゆっくり座っててください」
コト、とテーブルに置かれた紅茶を、わたしはお礼を言ってちびちびと飲んだ。レジ締めをするアレンさんの傍らで、最後の作業を終えた店員さんが帰り支度をして帰っていった。

ゆったりとしたBGMと、カタカタと響くキーボードの音。淡々とパソコンに何かを打ち込むアレンさんを、わたしはマグカップを両手で抱えながら、ただぼうっと眺めた。
くったりとした白いシャツに、細身のデニム。ハイカットのブーツ。腰に下がった使い込んだ革製のポシェットには、ハサミとかコームとか、いかにも美容師さんらしいアイテムがびっしり詰まってる。液晶とキーボードを交互に見ながら、耳元のシルバーピアスが小さく揺れてる。…何でこの人は、こういうシンプルな姿もさまになってしまうんだろう。

「…コートとマフラー、脱がないんですか?」
「…へっ?」
わたしがぼーっとする最中、作業を続けながらアレンさんは言った。驚いて思わず素っ頓狂な声を漏らしたわたしは、ばくばくと鳴る心臓を無意識に押さえた。
「え、えーと…すぐ帰るし、いいかなって…」
「もうちょっとかかりそうなので、脱いでていいですよ。肩凝るでしょう?」
「え、いや…だ、大丈夫です」
あははと乾いた笑いで何とかごまかそうとする。自分で言うのもなんだが、ごまかすのが下手くそだ。そろそろ厳しくなってきた。きっと勘の鋭いアレンさんのことだ、髪を見なくたって何かを隠してることくらいもう気付いてるんだと思う。

「なまえ、」
「ぅわ、はい!」
「ふは、何ですかその反応。頼みついでに、そこの雑誌揃えてもらってもいいですか?」
「…あ、はい、いいですよ」

いちいちどぎまぎする心臓に振り回されながら、頼まれた雑誌をいそいそと整える。…あ、この雑誌、さっきカットモデルで行った美容院さんで見た。そうそう、確かこの辺にわたしの好きな女優さんが特集で載ってて、すごい可愛い髪型してて……

「なまえ好きですよね、その人」
「っ!?」

声にならない、声が出た。
ふわりと香る、アレンさんのにおい。シャンプーとか、ワックスとかの、優しいにおい。
背中と頭に、すぅっと乗っかる、重み。腕のぬくもり。
すっぽりと後ろから抱きしめられて、急に身動きの取れなくなった、自分の身体。

「〜〜〜し、しごと、おおおおわったん、ですか…!?」
「うん。疲れた。ちょっと充電させて」
ぎゅう、と、お構いなしに腕の力を込めるアレンさんに、わたしの心臓は再び大きく跳ねた。いつか本気で心臓発作をおこしそうな気がしてならない。
ふー、と深いため息が聞こえた。…そうだよね、朝からこんな遅い時間までずっと仕事してたんだもんね。お疲れ様です、と小さく呟いて、アレンさんの腕をポンポンと控えめに撫でた。

「……で?誰?」
「…へ、」

「髪。誰にやってもらったの?」
「…っ!?」



え、うそ、
もしかして、もうバレてた…!?


「あれほど言ったのに、切っちゃったんだ?」
「……っ、」
「僕が嫉妬するって分かってて?なまえってそんな計算高い子だっけー?」
どこか間延びした口調で、アレンさんはわたしの肩に顎を乗せて呟く。…ど、どうしよう、怖くて何も言い返せない…!アレンさんの方も振り向けない…!


ふ、と、アレンさんの腕が緩く離れた。瞬間的に、あ、まずい、と思った。

するり、と首元のマフラーが解かれた。はっとして思わず首元を手で隠すも、それを逆手に、油断していたわたしは肩をつかまれくるりと方向転換させられる。足がもつれて、ぺたん、と床に尻もちをつく。

見上げた先に、アレンさんの微笑んだ顔。

「ほらやっぱりー。隠せてないよ?」
そう言った後、彼の手が今度はわたしのコートに伸びる。…え、ちょ、まさか、
「だ、だめっ、コートはだめっ…」
「今更何言ってるの、もうバレてるよ?」
するすると目にもとまらない手際で外された、コートのボタン。うわあぁぁ、もうこれ、逃げられないパターンだ…!案の定、するりと腕からコートが脱がされた。器用にもほどがある。ああ、もう、どうにでもなってしまえ。ふわりとわたしの髪を一束手に取ったアレンさんに、いよいよ覚悟(と言う名の諦め)を決めた。

「…可愛いじゃないですか」
「…え?」
あまりにも意外な反応に、わたしは思わずアレンさんの顔を見上げた。
「なまえの顔型とか見て、パーマヘアーも似合うかなとは思ってたけど、思った以上ですね、すごく可愛いです」
「…えええ…!?」
な、何かすごく予想外の展開になってるけど、これはこれで丸く収まりそうなかん「なんて許すと思った?」

……ですよねー!
動揺続きのあまり、いよいよ涙が出てきました。

「さて、どうしよっかなぁー」
何故か楽しそうにポシェットをまさぐって、ハサミを手にしだしたアレンさん。えっ、切るの!?切っちゃうの!?本気で!?
「ア…アレン、さん…?」
「そんな目で見ないでよ、もっといじめたくなっちゃうから」
うわあぁぁぁあ…!!血の気が引いていく自分の身体。ゆっくりと、アレンさんの手がわたしの髪を携える。今度は一束ではなく、それ以上に。
シャキン、小さく音を立てるハサミ。涙ぐむ両目を、わたしは思いきり閉じた。さよなら、わたしのロングヘアー…。明日からはベリーショートになっているかも知れません…ああ、でもそれも新鮮でいいかも…



  ちゅぅ、

「…っ!?」


え、あれ?何これ!?
キ…え!?キs…え、えええ!?ていうか、長…息が、くる、し、
「んー…っ!」
苦しさと恥ずかしさから逃れようとアレンさんの身体を押すも、ぼうっとする頭では力も入らない。それどころかアレンさんに後頭部をしっかりホールドされている。あ、うそ、舌、入ってきました。あ…やばい、これ、身体の力、はいんない。
「ん、ぅ…」
やばいやばい、へんな声、出る。おかしく、なっちゃう。

意識を持っていかれそうになる手前で、ようやくアレンさんの唇が、離れた。
「っはぁ、…はっ…」
足りない酸素をがむしゃらに吸いこみながら、ぐったりとアレンさんの方にもたれてしまう、自分の身体。分かっていたかのように、それを抱きとめるアレンさん。
「苦しかった?」
「…っ、息が、止まるかとおもった…」
「あはは、いい加減慣れようよ、キスくらい」

本当はもっとそれ以上のコト、したいんだから。

「っ!!」
耳元に囁かれた問題発言に、反射的に身体を離した。相変わらずにこ、と微笑むアレンさんは、

「ね?僕を嫉妬させると厄介でしょ?」

そう言って、実に可愛く首を傾げてみせた。




恋するハサミとその彼女
(君を一番可愛くするのは、僕の役目なんだから。)






****************

*なつみさま・はいじさまリクエスト*
「美容師アレンさん続編」

大変遅くなりました…!前回予想以上の反応をいただいた美容師アレンさんですが、こうして続編が書けたことは、わたし自身も楽しみながら書くことができました*楽しすぎてアレンさん若干暴走(笑)お互いにやきもち妬いちゃうのが美容師アレンさんカップルの特性です。どうぞ末永くお幸せに◎笑
なつみさん、はいじさん、リクエストありがとうございました*

2013.1.27*

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