30000打企画 | ナノ


わたしは、アレンに会いに、ここまできたの。


「…僕の、名前…」
アレンはそう言いかけて、わたしをじーっと見つめた。ああ、早く言いたい!わたしは彼の二言目を待ちきれずに、矢継ぎ早に話しだそうとした。
「わたし、アレンに会っ「ストップ。」
咄嗟に口を塞いだのは、彼の手のひら。え、ちょ、なんで?
「んむーっ」
「ちょっと黙っててください、僕がしゃべるんで」
「む!?」

「…『なまえ』?」
ゆっくりと、アレンがわたしの名前を口にした。わたしは驚いて、思わずぱちぱちと瞬いた。
「『なまえ』、でしょ?15年前に、海で溺れた僕を助けてくれた、人魚のなまえ。」
「…っ、」
「…やっぱり。その様子だと当たったみたいだ」
にこ、と柔らかい笑みを浮かべたアレンに、じわじわと視界が涙ぐんだ。

…覚えてて、くれた。わたしがこくりと頷くと、目に溜まった涙がぽろぽろと零れ落ちた。アレンはそおっと手を伸ばして、わたしの涙を拭ってくれた。

「…会いたかった、なまえ…っ、ずぅっと」
そう言って、アレンはわたしの頭を抱き寄せた。柔らかくて、甘い、優しいにおいがした。



にんぎょのくつ*Chapter 2





…15年前、まだ幼い人魚だったわたしは、海に沈んでくる人間の世界のモノを集めるのが好きだった。宝石みたいな煌びやかなものは少なかったけれど、くすんだ空きビンやアンティーク調の古びた人形、文字の散りばめられたお菓子の袋。お母さんたちは『そんな人間の捨てたゴミなんか集めてどうするの』と呆れていたけれど、どれもわたしにとっては大事な宝物だった。

中でも一番お気に入りだったのは、誰が落としたものかも分からない、小さな赤い靴。くたびれた深紅の革靴で、ラウンドトゥのぽっくりとした形が大好きだった。

だけど、わたしには足がなかった。ひらひらの尾びれでは履くことのできない靴を、わたしはただ眺めることしかできなかった。



ちょうど、そんな頃だった。
どぼんっ、と大きな水音が海底にまで響いた。

人間が、海に落ちてきたのだ。

別段珍しいことではなかった。人間の世界に憧れていたけれど、死にたいと自ら願って海を墓場にする人間は、わたしはあまり好きではなかった。
『また、人間が死ににきた』
周りの人魚はそう口にして、みんな知らんぷりしていた。わたしはこっそり、水音のする方へ近づいた。人間の持ち物がほしかったから。

『……っ!』
落ちてきたのは、4歳くらいの男の子だった。白い肌に、目を引く赤い星型の痣。水面に光が反射してるみたいな、きれいな銀色の髪。
『…きれい』
思わずそう口にしていた。次に気づくころには、わたしは男の子を抱きかかえて、自分の出せるありったけのスピードで沖に向かっていた。

ざばんっ、と海から顔を出し、沖合の岩場に男の子を寝かせた。ここなら、人間にも、人魚にも見つからない。わたししか知らない、秘密の場所。
『…ねぇ、だいじょうぶ?』
ぺち、ぺち、控えめに男の子の頬を叩いた。だめだよ、あなたは、しんじゃだめ。幼いわたしは、なぜか必死に男の子を助けようとした。少しして、けほっ、と表情を歪ませた彼。生きてる。わたしはほ、と少しだけため息がもれた。
『ねぇ、おきて、しんじゃだめだよ』
『……ぅ、げほっごほっ、』
苦しそうに海水を吐き出して、うっすらと、彼は目を開けた。

しゃぼんみたいに、ゆらゆら、透き通った瞳だった。

『…ぁれ、ぼく…』
『よかった、いきてた…』
『…きみ、だれ…?』
『……ぁ、』
しまった。人間に見つかっちゃいけないんだった。そんなトップシークレットをあっさり破ってしまった幼いわたしは、慌てて海に戻ろうと身を沈ませようとした。
『まって、まだいかないで』
今にも止まりそうな声で、彼がわたしを呼び止めた。
『…きみは、うみにすんでるの…?』
『……』
『…きみが、たすけてくれた、の?』
『……』
こくん。わたしは声の代わりに、小さく頷いてしまった。彼は『そっか、』と少しだけ笑った。
『ぼく、しななくて、よかった。ありがとう』
『…っ、』
きれいな、きれいな、笑顔だった。もっと、彼を知りたくなった。もっと、彼と一緒にいたいと思った。
『…ねぇ、なまえ、なんていうの?』
『……なまえ』
『そっか、ぼく、アレンっていうんだ』
『アレン…?』
『そう、アレン・ウォーカー』
アレンはそう言って、岩場に水で文字を書いた。暗がりで、ましてや文字の読めなかったわたしにはさっぱり分からなかったけど、アレンは嬉しそうにわたしに教えてくれた。
『これは、ほいくえんのみかせんせいがおしえてくれたんだよ。ねぇ、なまえは、どこのほいくえん?』
『ほいくえん…?』
聞いたことのない単語だった。
『ここにすんでるなら、きっとぼくとおなじほいくえんになるよ。ぼくは4さいだからすみれぐみさんだよ。なまえはなにぐみさんになるの?』
『……?』
『ほいくえんのおようふく、ちゃんときてこないと、えんちょうせんせいにおこられちゃうよ。それから、ちゃんとくつもはきなさい、っていわれるんだよ』
『…くつ…』
『そう、なまえはなにいろのくつ?』
『…わたし、くつ、はけないよ。だから、“ほいくえん”には、いけない』
『はけないの?どうして?』
わたしは、ちゃぽん、と水の中で尾びれを揺らした。そして、ざぶん、とアレンに見えるように上げた。
『…おさかな?』
『ちがうよ、わたしのおびれ。わたし、にんぎょなの。ほんとうは、だれにもみせちゃいけないんだけど、アレンはとくべつに、みせてあげる』
ひらひら、揺れる尾びれに、アレンは手を伸ばした。
『…すごいや、ほんとうにおさかなみたいだ。きれいだね』
『…きれい?』
『きれいだよ。きらきらひかってる』
アレンは、わたしの尾びれを『きれい』と言ってくれた。嬉しくて嬉しくて、照れくさかった。

『…ぼく、なまえのこと、だれにもいわないよ。ひみつにできるよ。だから、またここにあいにきてもいい?』
『…でも、おかあさんにおこられちゃう』
『じゃあ、おとなになったら、あいにくるよ。やくそく。』
『…うん』

わたしが頷いた直後、『アレーン!!』と彼を呼ぶ人間の声が聞こえた。わたしは慌ててアレンから離れて、海に沈んだ。去り際に、『なまえっ!』とわたしの名前を呼ぶ彼の声が聞こえた。


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