30000打企画 | ナノ
それじゃあ、行ってくるね。
大丈夫、自分で決めたことだから。
え?「怖くないのか」、って?
怖いよ、ものすごく怖い。
だけど、もう決めたの。
わたしは、歩ける足を無駄にはしない。
にんぎょのくつ*Chapter 1
「…着いた、『南町3丁目』…」
ふらつく足を引き摺って、ようやく辿り着いた街。あたりはすっかり日が落ちて、深海みたいな『夜』を纏っていた。『電柱』と呼ばれる硬い柱に寄りかかり、ぼろぼろになった身体を休ませる。
『足』が痛い。歩くたびに、ナイフで突き刺されているような感覚。
「…早く、会いに行かなきゃ」
何のために、ここまできたの。『あの人』に会うためでしょう?こんなところで倒れるわけにはいかないの。
必死に自分を律した、その直後。ぽつ、と、頬を掠めた雫。わたしはひゅ、と心臓を縮ませた。…雨だ。うそ、こんなタイミングで、どうしよう、
ふらつく身体を支えきれず、わたしはずるずる、と電柱にもたれたまま身体を沈ませた。
ああ、もう、だめかなぁ。
…ばかだなぁ、わたし
あのまま、海にいたら
死なずに済んだろう
会いたい、なんて思わなければ
こんな目に遭わずに済んだろう
陸に辿り着いたって
『あの人』に会える確証なんて
どこにも、ない の に
…ああ
かなしいなぁ
―――なまえ、
…だぁれ、
――ぼく、だれにもいわないよ
ひみつにできるよ
だから、またあいにいってもいい?
…ああ、そうだ、約束したもんね
また会おうね、って。
***
「……、」
…いい、におい。
ふわふわで、あたたかくて、なにかに包まれているみたいな。
「…あ、れ?」
うっすらと、目を開いた。見覚えのない白い壁が見えた。ふいにそこに手を伸ばした。身体じゅうが痛い、けど、ふわふわ柔らかい感触が、わたしの身体を包んでいた。これは、『布団』?
「…あ、起きた?」
「っ!」
がばっ、突然耳に入った声に、思わず身体を起こした。
「そんないきなり起きたら、また倒れちゃうよ?」
苦笑いを浮かべながら、トレイを運んでわたしに近づいてきた、ひと。
柔らかく響く、凪いだ声。
きらきら、水面に光が反射してるみたいな、きれいな髪。
しゃぼんの色みたいな、透き通った眼。
「……ぁ、」
…知ってる、わたし、このひとを、知ってる。
「寒かったでしょ?君この雨の中、すぐそこの道端で倒れてたんだよ。あのへん結構変質者とか出るし、あのままだと危ないかなと思って。あ、お粥作ったけど食べられそう?」
「……」
「あ、ごめんね、突然色々言われても混乱するよね」
かちゃ、と傍らのテーブルにトレイを置いて、ええと、と前置きをした、彼。
「ここ、僕のアパートなんです。勝手に連れてきてすみません。僕は、」
「…『アレン』」
「…え?」
彼は、アレン・ウォーカー。
知ってる。だって、
わたしはあなたに会いにきたの。
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