30000打企画 | ナノ
驚くほど、足にしっくりと馴染んだ靴。
嬉しくて、
だけどほんの少しだけ 悲しくて、
ぽろぽろ、思わず涙が溢れてきた。
さようなら、人魚だったわたし。
にんぎょのくつ*Chapter 10
あれから、2週間が経った。
アレンの『録画した映像』が一般の市民にも公開されたことで、役所は対応と謝罪にてんやわんやしているという。『てんやわんや』ってどういう意味だろう。よく分からないけどとにかく忙しいってことなのかもしれない。
「いい気味ですよ」って、アレンとコムイさんは笑ってた。そのおかげで、アレンにもわたしにも、役所の人は尋ねてこなくなった。わたしは保育園でのボランティアを続け、最近『アルバイト』という地位に『昇格』した。
あの一件以来、好奇の目でわたしを見る人は増えたのだけれど、子ども達が「にんぎょのせんせい!」と叫びながら抱きついてくるので、それはそれでまぁいっかとも思えるようになった(だってかわいいんだもん)。
「足、だいぶ動かせるようになったね」
ぱたぱたと家の廊下を駆けるわたしに、アレンが声をかける。
すっかり人間になったわたし。靴が履けなくて困ることもなくなったし、歩いても走っても痛むことはない。お風呂に入っても、何も起こらない。『人魚だったわたし』は、もうどこにも見当たらなかった。その事実が嬉しい反面、どこか寂しくも感じた。
それから、数十年前に泡となって消えてしまった、仲間の事実。
「…彼女も、本当は、大好きな人に靴をもらって、人間になるはずだったんだ」
彼女も、ばあさまに薬をもらったのだろうか。それとも、どこか別の集落に住む人魚だったのだろうか。
何も分からない、けれど、泡となって消えてしまった彼女の存在を、今でも誰かが覚えていてくれるだろうか。
「わたしが、ずっと、忘れないよ」
ぽたり、ぽとり。
訳もなく落ちてくる涙の粒を拭いながら、何も知らない彼女のことを思った。
「なくならないよ」
アレンが、ふわりと笑って言葉を紡いだ。
「人魚が存在することも、なまえが人魚だったことも、僕を助けてくれたことも、全部全部、僕は覚えてるから」
「言えない過去も、
今の幸せも、
この先の未来も、
なまえの半分を、僕が担うから」
だから、なくならないよ。
アレンが、ふわり、ふわりと、柔らかく笑った。
温かくて、陽だまりみたいな、アレン。
『本当に愛する人から、特別な靴をもらいなさい。その靴を履いたとき、お前は本当の人間になれるだろう。』
ばあさまの言葉を思い出して、わたしはじわりと涙ぐむ。アレンがぎゅうぅ、とわたしを抱きしめる。ぽろぽろ、ぽろぽろ。苦しくて、寂しくて、悲しかったの。
でも、それとおんなじくらい、
幸せだと、思ったの。
『にんぎょのくつ』
これは
人魚だった『わたし』と
大人になった『彼』の
不思議な不思議な
愛の、ものがたり。
*゚end・゚
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まったり更新ではありましたが、何とか完結いたしました。色々突っ込みたいところも多々あると思いますが…上手いことまとまらなかった感じもしますが…とりあえず、二人が幸せであることを願うばかりです。
3万打企画にお付き合いいただき、ありがとうございました*
2012.4.22*Kei
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