30000打企画 | ナノ


「…なに、ここ」
何もない、窓一つない無機質な部屋。白い壁が貼りめぐらされて、何もないはずなのに、何かにずっと監視されているような、異様な光景だった。唯一存在するのは施錠された重々しい鉄製の扉だけ。何一つ手掛かりがないこの部屋で唯一分かることは、

「逃げ場が、ないなぁ…」

ただ、それだけだった。




にんぎょのくつ*Chapter 9





ギィ、と鈍い音をたてて開いた扉に、わたしはほんの少し何かしらの期待を抱いて振り向いた。

「いい加減、食事くらい口にしてくれませんか?なまえさん」

言わずもがな、期待外れだったけれど。


「まだ疑ってるんですか?安心してください、食事にはあなたの疑うようなものは何一つ入っていませんよ」
それとも、何かお嫌いな物でもありましたか?
まるでお医者さんみたいに、堅苦しい白い服を纏った男の人は、そう言って眉を下げて微笑んだ。かしゃ、と小さく音を立てて、食事の乗ったトレイがわたしの目の前に控えめに押しやられる。わたしはそのトレイも彼の微笑みすらも疑ってかかる。


人間の世界にはルールがあって、それに背けば鍵のかかった狭い部屋に閉じ込められる。悪いことをすれば、捕まる。そのルールは前から知っていた。だけど、
「わたし、何も悪いこと、してません」
ただ、アレンと一緒に靴を買いに来ていただけ。それだけなのにもう何時間もこの部屋から解放してもらえない。わたしがいくら訴えても、白い服の人は困ったように微笑むだけだった。嘘くさい、胡散臭い笑顔。わたしはアレンのきれいな笑顔を思い出して、比較して、そして一人で寂しくなった。

「そんなに不愉快な顔をしないでください。あなたにかけられた『人魚疑惑』が嘘だと証明されれば、すぐに解放されますから」
「……え、」

彼が何気なく放った言葉に思わず自分の言葉を失った。
『人魚疑惑』?何それ、そんなの聞いてない。
「もしかして、ご存じなかったですか?
あなたに良く似た容姿の人魚を見たっていう目撃情報が、役所に数件寄せられたんです。ちょうどその頃、子育て支援課の職員が視察先の保育園であなたを見かけましてね。あなたと親しい…確か、アレン・ウォーカーさんという方にあなたとの面会をお願いしたのですが、応じていただけなかったようなので強制的にこちらへお連れしたんです」

淡々と話し続ける彼の言葉を、わたしは上手く咀嚼できないままだった。
「……もし、」
視線も宙を仰いだまま、ぽつりと口から零れ出てきた言葉に、彼はゆっくりと振り向いた。
「…もし、わたしが人魚だとしたら、そしたら、」
「…まず、自由にはなれないでしょうね。人魚なんていう非現実的な存在がもしもあなたによって確認されたとしたら、あちこちの研究機関に引っ張りだこでしょうし、扱い方によっては命を落とすなんてことも…ああ、すみません、想定上の話とはいえ、少し言い過ぎましたね」
苦笑いで軽く頭を下げながら、彼はポケットから見慣れない器具をいくつか出しては紙に何かを書き込む。

…この人は、嫌いだ。信用できない。彼も、この場所も、無機質な扉も、全部全部わたしの敵。わたしはきっ、と彼を睨んで、今一番望むことを口にした。
「アレンに、会わせて」
「彼とはしばらく距離を置いてもらいます」
「そんなの嫌、わたしは人魚でも何でもない、ただの人間よ。早く解放して」
あの靴を履いたら、わたしは本当の人間になれる。
自分の発言がはったりであることは自覚してる。靴を持たない今のわたしは、かりそめの姿で人間のふりをしてるだけで、少しのはずみで人魚だとばれてしまうかもしれない。

ばあさまにもらった薬で手に入れた仮の姿。
きっと、人間になれるタイムリミットは、残り少ないはず。

(…確か、あと数時間。)

それまでに、アレンから靴をもらわないと、二度と人間にはなれなくなる。わたしの身体は、泡となって消える。
正確な時刻が分からない今、自分の勘と感覚だけが頼りだった。


「…では、いくつか『実験』をさせていただきますね」

彼はそう言ってにこ、と笑いかけた。ぞくり、背中に悪寒を感じる笑顔。目なんて、ちっとも笑ってない。

その瞬間、

「っ、」

がしっ、と乱暴に腕を掴まれる。あまりの力に歪んだわたしの表情。彼はさして気にかけず、そのまま引き摺るようにしてわたしを別室へと連れていった。


- 9 -


[*prev] | [next#]


「#幼馴染」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -