30000打企画 | ナノ


『ねぇ、おきて、しんじゃだめだよ』



…あれは、いつだったか

ああ、そうだ、
あの日、僕は、一人で海岸に出かけたんだ。
あの日は、海が大時化で、「波が高くて危ないから、近づいちゃいけない」って、コムイさんにも散々言われたんだった。
それでも、僕は、悔しくて、悔しくて

『アレンって、おとうさんもおかあさんもいないんだろ?』

同じ保育園の子に、そうからかわれて、無性に腹が立ったんだ。
物心ついた時には、コムイさんのところでお世話になっていた僕。

『おやにすてられたこどもは、なんにもできないんだろ?いくじなし。』

くすくすと囃したてられ、僕は一人で海岸に走って行ったんだ。
荒れた海に勝てると言いたかったのか、むしゃくしゃして自暴自棄になっていたのか、はっきりしたことは覚えていない。
ただ、猛烈に悔しかったんだ。

ごつごつした岩場まで登ったところで、僕はあっさりと波に攫われた。

思うように呼吸ができない、暗くて冷たい海の中。




いやだ


 たすけて



 こわいよ






遠のいていく意識のなかで、『何か』が、僕の身体を抱えて、引っ張り上げた。


『ねぇ、おきて、しんじゃだめだよ』


女の子の、声がした。

意識が戻って、次に目にしたものは、


自分とさほど年齢の違わない、女の子の姿だった。






にんぎょのくつ*Chapter 8






「……それ、本当かい?」
「…本当です。なまえは、人魚です」
コムイさんは、僕の話を最後まで聞くと、ふぅ、と深く息を吐いた。
「…正直、まだ驚いてるよ。あの時アレンくんを助けたのが人魚で、しかもその人魚が、なまえちゃんで…」
混乱を隠せない様子のコムイさんは、難しい顔を浮かべて頭を抱えた。
「でも、彼女は、人間になれるんです。この靴があれば、…ようやく、彼女の望みを、叶えてあげられる、はずだったのに…」
ぎゅう、と、拳が白くなるほど握りしめた。僕は自分の不甲斐なさを、痛いくらいに感じた。


…ああ、思えば、
僕はいつだって、何もできない奴だった。


『しんじゃだめ』
そう言って、見ず知らずの僕を小さな身体で助けてくれたなまえ。

『なまえに会いたい』
そう願うばかりで、海岸に行っては彼女の存在を確認できない現実に何度も打ちのめされた。

彼女は、なまえは、僕に会うために、必死に行動を起こしていたというのに。
痛い思いをして、
故郷を捨てて、
『人魚である自分』を捨ててまで、僕に会いに来てくれたのに。

「……彼女の居場所、思い当たる場所は?」
コムイさんの問いかけに、僕は俯いたままの頭を静かに横に振った。



結局僕は、彼女に救われてばかりだ。

やっぱり、僕は、
何もできない、意気地なしだ。







「みなみまち、だいさんそうこだよ」



しんと静まり返った保育園に、ぽつりと響いた、幼い声。
僕とコムイさんは一瞬固まった後、ぐるりと玄関の方を振り向いた。

「…ユウタ、くん…!?」

そこに立っていたのは、小さな身体にありとあらゆる装備を取りつけた、園児の姿。リュックに刺さった虫取り網が、バランスを崩して大きく傾いている。
「なまえせんせい、にんぎょなんだろ?おれのとうちゃんが、『いちじてきにみがらをかくす』『だいさんそうこだ』って、えらいひととでんわではなしてた」
「ユウタくんのお父さん、って、確か…役所の環境安全課の課長さん…!」
そうだ、だから…!

「…おれ、とうちゃんのこと、すきだけど、なまえせんせいがつかまっちゃったら、みんながこまるだろ?だから、アレンせんせいにおしえなきゃとおもったんだ」
「ユウタくん…」
「だって、なまえせんせいは、アレンせんせいのおんなだろ?まもってやらないといけないだろ?」
フンッ、と胸を張って豪語する彼の姿に、僕は思わず笑みを溢した。

まったく、6歳のくせにどこまでかっこいいんだ君は。

「…うん、そうだね、助けてあげなくちゃね。ありがとうユウタくん」
ぽんぽん、と、彼の頭を撫でた。そしてそのままひょいっと抱き上げ、「ハイ」とコムイさんにユウタくんを明け渡した。
「はっ!?」
「南町第三倉庫ですよね?コムイさん、車の鍵借りますね」
「おれもいくよ!」
コムイさんの腕のなかでじたばたともがくユウタくんを、コムイさんが手離さなかった。
「ごめんねーユウタくん、大人の事情で君は連れていけないんだー」
「なんだよそれ!せっかくぶきもってきたのに!」
ほら!と彼はぱんぱんに膨らんだ小さなリュックをかざしてみせた。僕は少し考えた後、そのリュックを手に取った。
「…武器の調達、感謝いたします、ユウタ隊員」
リュック片手に、戦隊モノに出てくる隊員よろしく、びしっと彼に敬礼してみせた。
「…お、おう!」
どうやら自分の任務を全うしたと思ったらしく、照れながら答えた彼。ちくしょうなんだよめっちゃかわいいな。


「ちゃんと連れて帰ってくるんだよ」
コムイさんの言葉に、僕はくるりと振りかえって、「もちろんですよ」と返した。



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