30000打企画 | ナノ
こぽ。こぽ。
(…水の、おと)
真っ暗な、海の底。懐かしさと同時に、変な不気味さを纏った、冷たい景色。
ゴポッ
(っ、)
苦しい、くるしい、おかしいな、
息が、できない。
ぐんぐん ぐんぐん
沈んでいく身体。
だめ、このままじゃ、…そうだ、尾びれ、尾びれを動かして、
下ろした視線の、先に、
(う、そ、)
どろり、
水に、溶けていく、わたしの尾びれ。
うそ、なんで、どうして、
(尾びれが、ない)
(足も、ない)
指先から、こぽこぽ、おとをたてて、泡立つ。
泡 に なって
消えて
ゆ く
゚ ゚
○
゚
○゚
゚
゚
にんぎょのくつ*Chapter 7
「…―なまえ、なまえ?」
アレンの声で、まぶたが開いた。
「…っ、はっ、はっ、…っ」
「なまえ、どうしたの?すごいうなされてたけど…」
「…っ、ぁ、れんっ…」
目が覚めた、のに、視界は真っ暗闇だった。怖くて怖くて、必死でアレンに手を伸ばした。
「大丈夫、ここにいるよ、ちゃんといる」
アレンはわたしの手を引っ張って、そのままぎゅうう、と抱き寄せた。どくん、どくん、って、アレンの心音が聞こえて、わたしはようやくまともに呼吸ができるようになった。
そのまま、遠のいていく意識のなかで、今までとは違う、嫌な予感をみたような、気がした。
***
「…あと、2日」
なまえに許された猶予期間。
あと2日で、彼女にぴったり合う靴を探し出せれば、そうすれば、彼女を人間にすることができる。
それまで、それまでの間、彼女が人魚だとばれないようにすれば、この厄介な『人魚騒動』も、「ただのガセだった」で収まる。
それまでは…、
「…アレン」
「…あ、おはようなまえ、もうちょっと寝ててもいいよ?」
なまえはふるふると首を振って、
「…いい、怖い夢、みるから」
そう呟いて、僕にしがみついた。僕はそれに応えるように、両手で彼女を抱きしめた。
子どもみたいに弱くて、脆い存在の彼女。
それまでは、僕が、なまえを守るから。
「今日は仕事休みだから、また靴を探しに行こう」
僕の誘いに、彼女はひどく安心したように微笑んだ。いつものように、ぶかぶかのスリッパ(今の彼女が唯一外に履いていけるもの)に足を入れ、「アレン、早く行こう!」と僕を急かした。
彼女を追って玄関に向かおうとした矢先、
ポケットの携帯電話が震えだした。
発信元は、『保育園』。
おかしい、今日は休園日のはずなのに。誰か休日出勤でもしているのだろうか。
「…はい」
『もしもし、アレンくん?』
「コムイさん?どうしたんですか、今日は休みのはずじゃ…」
『いや、役所の職員の方が急きょ連絡してきて、「ここのボランティアの方に会わせてほしい」って…』
「…なまえに、ですか…?」
『人魚の噂が、やっぱりなまえちゃんに疑いをかけられてるみたいで…何だか、騒ぎがかなり大きくなってきているみたいなんだ』
「…もし、人魚の正体が分かったら、役所はどうするつもりなんですか…?」
『…それは僕も分からない、けど、
見せ物にされるか、処分されるか、裏の人間に流されるか
いずれにしても、良い待遇は待っていないんじゃないかな』
「………」
『アレンくん?』
「…すみません、これから出かけないといけないので。なまえには僕から連絡しておきます」
『分かった、よろしくね』
電話を終えた後、僕はすぐに携帯電話の電源を切った。
…ごめんなさい、コムイさん。
「アレンー?」
玄関からひょこ、と顔を覗かせたなまえに、僕は努めていつも通り笑いかけた。
「お待たせなまえ。…靴屋さん、行こっか」
***
いつもより、幾分か遠い市街地へ出た。ここなら彼女の存在を知る人もいないし、役所の目も区間外で届かないはず。
「……」
「…アレン、どうしたの?」
「…え、あ、ごめん、何でもないよ」
しきりに店の外を気にする僕を不思議に思い、なまえは首を傾げた。
「やっぱり、これも合わないかぁ」
どうしよう、あと2日で、見つけられるだろうか。次第に焦り始める僕を見て、なまえはくるりと辺りを見渡し始めた。そしてある一点に視点を定めると、ゆっくりと立ち上がってそこに向かい始めた。
「…アレン、これ」
なまえが手に取ったのは、深い赤色の皮靴。つま先が丸くて、ころんとした、可愛らしい靴。
「これがいい、わたし、こういう靴に、憧れてたの」
今まで見たどの靴よりも、彼女はその赤い靴に目を輝かせた。
「………あ、」
「…履け、た…」
彼女の足は、赤い靴を受け容れた。
ぴったり合った、なまえの足と、赤い靴。
「履けたよ、アレン…っ」
「…っ、買ってくる、待ってて」
見つかった。彼女に贈る靴が、ぴったり合う靴が、見つかった。
…間に合ったんだ。
やばい、泣きそうだ。…これで、なまえは、人間になれる。震える手で会計を済ませて、靴を受け取った。
「…………なまえ、?」
戻った先に、彼女はいなかった。
周辺を探しても、どこにもいなかった。
どう、して、
まさか、そんなはずない、
そう願いながら、携帯電話の電源を入れた。…不在着信に、『保育園』が列をなして表示された。それを確認し終わる前に、再び震えだした。
『アレン・ウォーカーさん、ですか?』
聞いたことのない、冷淡で無感情の声だった。
『貴方がお住まいの区間の役所より命を受けた者です。手荒な真似をして申し訳ありませんが、面会に応じていただけなかったようなので、なまえさんの身柄を強制的にお預かりさせていただきました』
「…っ、なまえは、どこですか」
『申し訳ありませんが、なまえさんの身元が判明するまでは、お教えすることはできません』
「ふざ、けるな…っ、そんなことが、通用すると思ってるのか…っ!?」
『初めから素直に面会に応じていただければ済んだ話です』
身元調査が完了次第、追ってご連絡させていただきます。
淡々と、コンピュータのような声明を残して、電話は一方的に切れた。
「…っ、なまえっ!」
直後、感情的に、僕はひたすらに足を走らせていた。
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