10000打企画 | ナノ

柄にもなく、鏡の前でくるくる回りながら、何度も何度も身なりを整える。何度直しても何だかしっくりこないのは、わたし自身の素材が良くないからなのかな、と、ネガティブ思考に引き摺られて少しだけ凹んでしまった。

「…うわぁ、やばい!」
凹んだままのわたしを奮い立たせたのは、出発時間を知らせる目の前の時計と、これから起こるであろう楽しいことへの期待と緊張。



「…あ、おはよー」
「ごっ、ごめんね待たせて…っ」
「ううん、そんな待ってない、すごいね、時間ぴったりだよなまえちゃん」
ほら、と、実に爽やかな笑顔で腕時計をわたしの前にかざしてみせたアレンくん。確かに時間ぴったりなんだけど、それはどちらかと言うと「時間ぎりぎり」っていう範囲だと思う。そんなわたしをさして気にする様子もなく、「行こっか」と笑った。わたしはゆっくり進む彼の少しだけ後ろを歩いてみた。…紺色のドット柄シャツに、柔らかいグレーのカーディガンを羽織り、ベージュのチノパンをゆるく履きこなす彼は、誰がどう見てもかっこよくて、彼の雰囲気に馴染んでいて。大学と同様、彼は街に出ても目を引く存在だった。

「…あのー、なまえさーん?」
「あっ、はい」
「…なんか遠いんですけど」
振り向きながら、ちょっぴり不満そうに呟いて立ち止まったアレンくん。その姿が何だか可愛くて照れ臭くて、えへへ、と誤魔化しながら彼の隣へと足を速めた。アレンくんは満足気に微笑んで、それから、「…なんか、大学にいる時と雰囲気違う」と言った。そうかなぁ、と首を傾げると、
「いつもの3割増しで、かわいい」
さらりとそんなことを言ってのけた彼。わたしは赤くなる頬を隠しきれずに、どうにか言葉を吐き出そうともがいた。
「…さ、3割増しって…何ですかその割合は…」
「んー、いつもは満杯にかわいいけど、なんか今日は、いつもの基準値を溢れ出た感じというか」
「……えと、なんかよく分からないけど…あ、ありがとーございます…」
よく分からない、と言いながら、本当は口から心臓とか、なんか色々飛び出しそうだった。





アレンくんの隣を歩くわたしは、いつもより何倍もおしとやかになる。現にこの……デ、デート中の今もですね、上手く会話が続けられなかったり、普段は滅多に着ないようなふわふわのワンピースなんか着ちゃったりして、変にそわそわしてしまう自分がいる。アレンくんはさして気にしていないようだけど。
ど、どうしよう、こんなガチガチなまま一日過ぎちゃったら…!せっかくの二人きりのデートなのに…!
「…なまえちゃーん?」
「はいぃっ!」
わたしが頭を抱えていると、さすがに不審に思ったアレンくんがわたしの顔を覗きこんできた。心臓に悪い。
…と、アレンくんがくすくすと笑いだした。
「なまえちゃん、緊張しすぎ」
「っ!」
…ばれてらっしゃる!わたしはぴっ!、と固まって動けなくなった。
「いつも大学のときは、ラビやら神田やらが一緒にいるけど…今日はさ、せっかく二人きりなんだからさぁ、」
「ふぁ、」
やんわり微笑みながら、わたしの頬を両手で挟んで押し潰しだしたアレンくん。ちょ、やめてやめて潰れるから!タコみたいになるから!

「…今日くらい、なまえちゃんの笑った顔、独り占めさせてよ」

「…っ!」
わたしの頬を押し潰したまま、「ね?」とかわいく首を傾げる彼に、わたしはただ言葉を詰まらせて赤面するしかできなかった。
「返事は?」
「は、ぃ…!」
「はい、よくできました」
そう笑ってわたしの頭を撫でる彼は、紛れもなく敵なしだった。最強だ。




それから、色んなお店をぶらぶら見たり、映画で感情移入し過ぎてぼろ泣きしたところをアレンくんに見られて笑われたり(恥ずかしかった…!)、ご飯食べたりしているうちに(アレンくん仕様で、食べ放題バイキングにして良かった…!)、わたしの緊張もすっかりほぐれていた。


「はー、お腹いっぱいだ」
「おいしかったねー、僕あと2時間くらいはあそこにいられたと思う」
「アレンくんが大皿ごと持っていこうとしたときの店員さんの顔、すごかったよ」
「だって、取り皿小さいんですもん」
「その細い身体にどれだけ入るんですか…!」
あはは、と屈託のない笑いをみせたアレンくんに、思わずわたしもつられて笑った。

…二人きりって、やっぱ、いいなぁ。

「…?どうしたの?なんか、嬉しそう」
「へっ?そ、そんなに顔に出てた!?」
わたしがぺたぺたと顔を触ると、アレンくんはまた声に出して笑った。
「…今日ね、アレンくん、わたしの笑った顔を独り占めさせて、って、言ってたでしょ?」
「うん」
「わたしもね、今日アレンくんの笑った顔、独り占めできたんだなぁって思って、なんか、嬉しくなったんだ」
笑った顔だけじゃなくって、アレンくんの全部を、今日だけはわたしが、独り占めできたような気がする。本当に贅沢な一日。嬉しさを隠すなんて、そんなもったいないことできなくて、ふふ、と声に出してみた。

「…なまえちゃ、」
「観覧車にお並びのお客様はこちらにお進みくださーい」
「あ、次だね、観覧車」
ライトアップされて、ぴかぴか光る観覧車。いつかアレンくんと乗ってみたいな、ってずっと思ってた場所。

いってらっしゃいませ、という係員さんの声と同時に、ぱたんと閉まった扉。
「うわぁ、すごいねー」
「うん、綺麗だね、夜景」
窓にぺったりと張り付いて、ずっと向こうまで広がる宝石みたいな景色を眺めた。

「…楽しかったなぁ」
「ん?」
思わず言葉に出てしまった本音に、自分でも少しだけ恥ずかしくなった。
「今日、すごい楽しかったよ」
「…うん、僕も」
アレンくんがわたしを見つめたあと、ふんわりときれいに笑った。今日だけで、アレンくんの笑った顔を何回見られたんだろう。
「…ね、そっち行っていい?」
「え、うん」
わたしの隣にアレンくんが座った頃、観覧車は先程よりも随分と上昇していた。同時に、わたしの心拍数も確実に上昇している。だって、アレンくん、
「…なんか、近いんですけど…!」
「うん、だって、近づいてるもん」
「…えっと、なんか、緊張するというか…!」
「うん、僕も緊張してる」
心臓、すっごいドキドキいってるもん。
そう言って、自分の胸に手を当てて、はは、と乾いた笑いをみせたアレンくん。何だかいつもより余裕がなさそうに見えて、わたしはおずおずと彼に問いかけた。
「アレンくん、もしかして……高所恐怖症?」

「…え、いやあの、その流れでそれはないと思うんだけど」
「え、あ、違うんだ、わたしてっきりそうなのかと」
「いやいやいや、そういう意味のドキドキじゃないからね?」

「じゃあ、どういう意味の…」
「…だから、こういう意味で」

ほんの少し顔を赤らめて、アレンくんは、ぐ、とわたしとの距離を詰めた。端に追いやられて逃げ場をなくしたわたしは、それでもこの恥ずかしさから逃れようと足掻いた。だけどわたしの手は、ぎゅう、とアレンくんに捕えられていて、どんどんどんどん、隙間がなくなっていった。

「…ア、アレンくん、あの、」
「最初の発言、やっぱ無しにして」
「え、最初の、って…」


「…やっぱ、笑った顔だけじゃ、足りないんだ」


ぎゅうぅ、と、窓に押し潰すみたいに、わたしを腕のなかに閉じ込めたアレンくん。
「…全部がほしい」
「へ、」
「なまえちゃんの、全部。笑った顔も、緊張した顔も、手も足も、全部」



「…全部、独り占め、したい」




ゆっくりゆっくり
合わさった、唇が

熱い あつい 


甘い。



苦しい くるしい
息をするのも むずかしい


でも それでいいの
それがいいの


「…っアレン、くん、」


わたし、このひとが好き

好きで、好きで好きでたまらないの

どんどん、どんどん、欲深くなるの




「…っごめん、なまえ、」

今日、帰したくない。



「…わたし、も、」

ちょうだい

アレンくんの全部、わたしにちょうだい。









  ぴかぴか、


窓の後ろには、きらきら、ほうせきばこ。

あのね、よくばりでごめんね。
でも、もう手にはいっちゃったんだ。


 ほしいもの、ぜんぶ。






ほうせきばこを抱きしめて
(ぜんぶぜんぶ、たからもの)






*゚
実怜さまリク
『アレンさん大学生初デート』

デートって皆さんどこへ行くんですか?けいのイメージするデートプランはこんな感じなんですけど…読み返したら甘甘過ぎて恥ずかしい限りです。こっぱずかしいひとたちですねまったくもう!(けいさんがね!)
最後の詩的な部分は、抱きしめられて『手にはいっちゃった』なのか、それともその先…?みたいなほのめかしを含んだ、つもり。
今気付いたんですけど、おはなしで“お別れ”ってあんまり書きたくないみたいです。だからこういうデートのおはなしとか書くと、ほとんどの確率でお持ち帰りされます。だって楽しい時間を終わりにしたくないんです!
長くなりましたが、実怜さま、遅くなったうえにこんな恥ずかしいおはなしで本当にすみません。リクエストありがとうございます◎

2011.5.22
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