10000打企画 | ナノ

卒業生代表、アレン・ウォーカー。

「はい」
凛としたその立ち姿、柔らかいけれどよく通るその声は、まさしく卒業生代表を掲げる者として相応しいと言えるものだった。他の学生と変わらぬ制服姿にもかかわらず、どこか異彩な雰囲気を纏った彼に、全生徒、ひいてはすべての大人たちが目を奪われた。

彼は言った。
「未来を担う者として、その責任を果たし、邁進していきたい」
と。

彼の声明に、誰もが背筋を伸ばし、その未来を見据えた。






***

「いやぁ、あの合唱のところでもう鼻がつーんとしてきたさ」
「うん、後ろですごいずびずびうるさかったよラビ」
「さーせん」
「泣きすぎなんだよてめぇは」
「何を!ユウだって担任の挨拶でもらい泣きしてたくせに!」
「え、神田もらい泣きしたんですか?」
「してねぇよ!ニヤニヤすんなくそモヤシ!」
「もー、こんな日まで喧嘩しないの!」

わたし達は、3年間同じクラスで過ごした仲間だった。卒業という日を迎える今日まで、こんな喧嘩は日常茶飯事だったけれど、それと同じくらい、お腹を抱えて笑い合うこともしょっちゅうだった。



今日で、高校生活が終わる。
そんな実感をいまいち持てないまま、式は終わった。卒業生代表の挨拶をご立派にこなしていた彼は、今はラビや神田と談笑し、先程の凛とした姿からは想像もつかないほど、一般男子に戻っていた。
「アレンアレン、」
「何ですかなまえ」
「さっきの挨拶、かっこよかったよ」
「つーか何でアレンが代表なんさ!オレのが成績良かったのに!」
「先生からの人望の違いでしょう」
「それ自分で言うことじゃねぇだろ!」
ぷりぷり怒ってるラビを宥めながら、こんなやりとりもあんまりできなくなるんだな、と、変にしんみりしてしまった。


「今日の2次会は、夜6時に駅前集合ですよー!」
あちこちで写真を撮り合っているクラスメイトに、幹事の子が高らかに叫んだ。例に漏れず、リナリー達と一緒に写真を撮っていたわたし。それも少しずつ落ち着き始めて、ちらほらと教室を去っていく友達。

「なまえなまえ、」
デジカメを整理していると、とんとん、と後ろから肩をつついてきた、アレン。
「もう帰りますか?」
「うん、アレン達はどうするの?一旦家帰る?」
「ラビ達が、どこかで何か食べようとか言ってます」
「あ、いいね、じゃあわたしもそうしようかな」

「その前に、ちょっとここで、話しません?」

予想外のアレンの言葉に、わたしは少し驚いて間をあけた。だけどすぐに口を開いて、「うん、いいよ」と返した。

「アレーン、なまえー、そろそろ行くさー」
「あ、ラビすみません、僕たちちょっと遅れていきます」
「おー、終わったら連絡くれさ」
やけにあっさり引き下がったラビの後ろ姿を見つめていると、「先に言ってあったんで」と、アレンが添えた。
「断られた場合も想定して、とりあえず声かけてくれたみたいです」
「意外と空気読める男なんだね、ラビ」



くるりと、教室を見渡した。気づけば残っているのはわたし達だけで、それがじわじわと、別れを仄めかしているようだった。


「…なまえは、A大に行くんですよね」
窓際にもたれかかって、隣のわたしをゆっくり見つめたアレン。それはいつもの笑顔で、だけどほんの少しだけ、眉が下がっていた。
「そうだよ、A大の社会学部」
「そっか、じゃあ、春からはあんまり会えなくなりますね」
「でもアレンはN大でしょう?そんなに遠くないよ、同じ県内だし」
「そう、ですね…」
お互い、志望大学に合格できたときは、それはもう自分のことのように喜んだ。アレンはともかく、わたしなんて成績結構危なかったから。
「志望大学考え直せ、って担任に言われたときは、生気吸い取られてしぼんだミイラみたいでしたよね、なまえ」
「ちょ、もうちょっとマシな例えはなかったの?」
「だって本当ですもん」
…確かにね、色んなひとから「ミイラみたい」って言われたよあの時期。どんだけしぼんでたんだわたし。

「…でも、アレンが背中押してくれたんだよね」
行きたいなら、意地でも突き通せばいいじゃないですか、って、言ってくれた。あの言葉があったから、ぎりぎりまでがんばれたんだ、わたし。
「アレンには、3年間背中を押してもらってばっかりだったよ」
進路のことも、テスト勉強してるときも、部活で思うように結果が残せないときも、親と喧嘩したときも。アレンが、やりたいなら、やり抜けばいい、それでいいんだって、言ってくれたんだ。

「…がんばったのは、なまえでしょう」
「でも、感謝してるんだよ」
ありがとうね。改めてそう言えば、少しだけ照れるようにして、わたしから目線を逸らしたアレン。その姿が面白くて、へへ、と小さく笑った。

「…僕も、なまえには感謝してますよ」
「あ、そうなの?」
「こんなに愉快でへんてこで、面白い人だとは思いませんでした」
「なんかあんまり嬉しくないなそれ…」
へんてこって何?
「修学旅行では迷子になるし、クラスマッチでは何かしら傷作るし」
「ちょ、そんな恥ずかしい武勇伝忘れていいから」
「文化祭の出し物では、男子の衣装の採寸間違えてみんなパツパツだったし」
「…すみませんでした」
「それから、バレンタインデーに作ってきてくれたクッキーは、僕のだけ粉々だったし」
「…まだ根に持ってるよね、それ」
「食べ物の恨みは当分忘れません」
「怖いよアレンさん…!!」

「でも、美味しかったです」
アレンはぽつりと呟いて、思い出すみたいに目を伏せて小さく微笑んだ。その姿はとてもきれいで、透き通るみたいだった。風でふわりと動いた白いカーテンが、彼にじゃれるみたいに凪いでいた。風で少し乱れた彼の白い髪が、カーテンとシンクロしているみたいだった。
その姿に、わたしはただ目を離すことができなくて、まるで昔の写真撮影みたいに、ずっとずっと動かず、ただアレンの姿を目に焼き付けていた。

この姿を、わたしは知っていた。


「…入学式の日も、そんな顔してた」
「へ、」
「あの時も、今日みたいに風が窓から入ってきていて、カーテンが動いていて」

アレンが、ゆっくりわたしに近づいて、わたしの髪に手を伸ばした。
「…なまえは、僕の前で、動かなかった」
手櫛で優しくわたしの髪を整えて、それがほんの少しだけ、くすぐったかった。
「入学式の日、最初に教室に来ていたのは僕で、その後に来たのが、なまえだったんです」
「え、そうだっけ…!」
「何でこの子、さっきから僕のほう見て動かないんだろう、って、すごく不思議に思った」
「…そう、だったかな」

「だけど、目が離せなかったのは、僕も一緒だったんです」
アレンは相変わらずわたしの髪に触れて、懐かしむみたいにほんのり微笑んでいた。わたしはいつものアレンじゃない気がして、どきどきと、心臓がはやるのを覚えた。
「…あの日も、なまえ、頭に葉っぱ乗っけてたんですよ」
「え!」
くすくすと、細かい笑いを溢しながら、わたしの頭からそっと葉っぱを取ったアレン。その手には、間違いなく小さな緑色が存在していた。
「すごいや、あの時とまったく一緒だ」
「な、なに、わたしすごいあほな子じゃないですか…!」
いつも頭に葉っぱ乗っけてる子じゃないですか!なんかすごい恥ずかしい!ぼぼ、と顔に熱が集まるのを感じて、思わず両手で頬に触れてその温度を確かめた。


「…あの時は、葉っぱがすぐに飛んでいっちゃったから、取れなかったけど、」

やっと、叶った。


アレンはそう言って、手に収まる葉っぱを目を細めて見つめた。

「…あの時、本当は、触れたい、って思ったんだ」
「なん、で…?」

自分でも、野暮なことを聞くなぁと思った。だけど変なのはアレンだけじゃなくて、わたしも一緒で。




あの時、

その髪に、触れたい って、思ったの。


「…わたしも、だ」
「え、」
「…思い出した、入学式の日、なんかきれいな髪のひとだなぁって思って、目が離せなかったの。そっか、アレンだったね、あれ」
「ちょ、もしかして、今の今まで忘れてたんですか?」
「え、だって入学式なんて、友達作るのに必死でしょう?最初に会ったのが誰だったかなんてすぐ忘れちゃったよ」
「……僕はずっと覚えてたっていうのに…!」
何で君はそう記憶力が悪いんですか…!呆れるように言葉を吐きだしたアレンに、何だか少し申し訳なくなった。ごめんね、忘れてて。

「…そっか、アレンはずっと覚えててくれたんだね」
「…当然です、頭に葉っぱ乗せたままぼけっとしてるなまえの姿は、これからも忘れません」
「もうちょっとましな姿で印象に残りたかったな…」
今更悔やんでも仕方ないことなのだけれど。

「…アレン」
「何ですか…?」
「最後に、わたしも触っていい?アレンの髪」
そお、と少し上を見上げて、わたしよりもずっと高い位置にあるそのきれいな髪の毛めがけて、手を伸ばした。



「…『最後』だなんて、言わないでください」
ぱし、と、伸ばした手はアレンの手に捕えられた。

「僕は、これで最後になんかするつもりは、ありませんから」
「…え、あ、うん」
「…これからもずっと、なまえに触れるつもりですから」
「あ、え、うん」
「…言っておきますけど、触れたいのは髪だけじゃないですから」
「…あ、はい…」
「……僕の言ってる意味、分かってないでしょ」
「…分かりません」

もっと、分かるように、言ってよ。

…はぁ、鈍感。

ちょ、ため息つかないでよ!あと鈍感じゃないもん失礼な。

僕はこんな人に3年間も…はぁ。

だから、何!






彼がようやくその重たい口を開いてくれたのは、それから数分後。わたしの顔がますます熱を帯びたのは、目の前で愛を囁いた、この彼のせい。




はるのみどり
(アレンの奴、上手くいったんかな)
(長い片思いだったわよねーお互いに)





*゚
苺花さまリク
『アレンさんと皆で卒業』
どうしても3月中に書きあげたくて、ところどころ荒っぽい文章になっちゃいましたが…ほのぼのした雰囲気は残せた、かな、残せてないかも。すみません!
すてきなリクありがとうございました◎

2011.3.26
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