10000打企画 | ナノ

「今日、あったかいね」
わたしの隣をゆっくり歩くアレン先輩が、ぽつりと呟いた。「そ、そうですね」と吃りながら答えると、先輩はわたしを見て「ね」と短く笑う。オレンジ色の夕焼けが先輩に当たって、その輪郭をぼかした。その姿があまりにきれいで、わたしは思わず足を止めてその姿に見惚れた。わたしが視界から消えたことに気付いた先輩が、不思議そうに振り向いた。そしてまた柔らかく笑って、ゆっくりわたしに近づいた。
「もう、置いてくよ?」
茶化すみたいにそう言って、わたしの右手を握った。手から伝わる、温度、感触。かぁ、と頬が熱くなるのを感じながら、握られた右手と先輩の横顔を、交互に見た。
「…そんなにじっと見ないでよ、なんか照れる」
「すっ、すみません!」
勢いよく謝ると、先輩は握った手にまたぎゅう、と力を込めて、眉を下げてくしゃっと笑った。


駅に着いて、「じゃあね、」と、先輩がするりとその手をほどいた。わたしは何だかとても寂しくなって、咄嗟に先輩の服の裾を掴んだ。先輩は一瞬だけ驚いて、「どうしたの?」と、首を傾げた。自分でも何て言ったらいいのか分からなくて、「何でもないです」と、すぐにその手を離した。

もやもやした感情が、心臓らへんに、残った。





彼氏と彼女、なんだよなぁ…。
付き合い始めてそれなりに経ったけれど、未だに実感が伴わない。

「―…で、どうなんですか」
「へ、何が?」
お昼のお弁当の蓋をぱか、と開けるわたしに、友達がパンを頬張りながら尋ねてきた。
「だから、アレン先輩とどこまでいったの?」
「どこって…」
「もうちゅーした?」
「もう中?ためになったね〜っていう人?どうかな、先輩は物真似とかしないと思うよ」
「うんそうだよね、そんなボケはいいからさっさと教えてくれないかな」
にっこりと貼りつけたみたいな笑顔が恐ろしくて、お箸から玉子焼きがぼとっと落ちた。これは答えるまで逃してくれそうもない。

「………まだ」
「はぁ?」
「…だから、まだなんだってば」
「ちょ、キスもまだって…アレン先輩って実はヘタレ?」
たったそれだけでヘタレ疑惑を持たれるアレン先輩を不憫に思い、わたしは咄嗟にフォローに入った。
「先輩はきっと、気を遣ってくれてるんだと思う。わたしが付き合うの初めてだから、不安にならないように、してくれてるんだよ」
「…うーん、わっかんないなぁー」
どうやら友達は納得していないようで、首を傾げるばかりだった。
「なまえはどうなの?」
「どうなの、って…」
「先輩と、ちゅーしたいなぁとか、思わないの?」
「そ…!」
そんなこと聞かないでほしい。恥ずかし過ぎて頭から湯気が出そうだ。

「だってさぁ、好きなんでしょ?好きなら触れたいとか、ちゅーしたいとか思うのが普通じゃないの?」
もぐもぐと口いっぱいにパンを含みながらそう言う友達に、わたしはふ、とお箸を止めて考え込んだ。…そうか、好きならそれが普通なんだ。
「アレン先輩はさ、なまえにそういうそぶり見せないの?」
「手とかは、繋ぐけど…それ以外は…」
自分で発したその言葉に、どう続けばいいのか分からなくて、思わず口ごもる。

「アレン先輩は、そういうこと思わないのかなぁ」

…わたしは、先輩が好きで、先輩は、わたしが好き…だと、思う。
思うのだけど。何だろう、もやもや。




***

「…そっか、今日一緒に帰れないんだ」
「…ごめんなさい、委員会があって…」
「…うん、分かった、委員会がんばってね」
薄く微笑んだアレン先輩の背中を見送った後、何だかひどく罪悪感に飲み込まれそうになった。だけど同時に、どこかで安心感を覚える自分がいた。このまま先輩と一緒にいても、いつもみたいに振る舞える自信はなかったから。


それからしばらく、委員会やら何やらで、先輩と帰る機会をなくした。…すれ違っていることは、分かっていた。友達からは、喧嘩でもしたのかと疑われた。わたしはただ曖昧に笑って返すことしかできなかった。



このまま、もやもやしたまま、先輩とも、離れていってしまうのだろうか。
あれ、そもそも何でこんなことになってるんだっけ?ついこの間まで、一緒にいる時間があんなに大事に思えたはずなのに。


【今日も委員会ある?】

鞄の携帯がぴかぴかと点滅して、あのひとからのメールを知らせた。
…今日は、言い逃れはできない。わたしはぱたんと携帯を閉じ、席を立った。だけど、出口に向かう勇気が出せなかった。


…違う。こんなの、間違ってる。わたしは、ただ、





「…あ、いた」
「ほあ!!」
教室の隅で、カーテンで身を隠していたはずなのに、先輩にいとも簡単に見つかってしまった。
「せ、せんぱ…なんで…っ」
「今日は委員会、ないんでしょ?下駄箱に靴残ってたし、ここにいるんじゃないかと思って」
先輩はそう言うと、ゆっくりとしゃがみこんでわたしに目線を合わせた。近くなった距離に気持ちがついていけなくて、思わず座ったまま後ずさりした。だけど壁にもたれていたわたしに、後ろに下がれるスペースなんてどこにもなかった。

「…あのさ、もしかしなくても、避けられてる?」
「…ち、ちが、」
「違わないよ。なまえ、最近おかしい」
じり、と先輩に少しずつ間を詰められていく。この焦燥感に、わたしは漠然とした不安と、何故だかほんの少しの期待を孕んでいた。

「ねぇ、何で避けるの?僕何かした?」
「…違うん、です」
「だったら、何で僕の目を見ないの」
『違う』という一言での弁解と、ただ首を横に振ることだけで、わたしは先輩に全てを伝えようとしていた。そんなことで、わたしの気持ちなんて1ミリも伝わるはずもないのに。もどかしさと恥ずかしさと、わたしの自分勝手な気持ちで困らせているこの罪悪感で、ぐちゃぐちゃになった。
やだ、やだやだ、泣くつもりなんか、ないのに。

「……なまえ」
先輩が、指でわたしの涙を掬って、静かにわたしの名前を呼んだ。
「まとまらなくたっていいから、なまえが今思ってること全部、言って」
「……っ、」

ぽろぽろ、ぽろぽろ
両目から溢れだすなみだみたいに、無秩序な拙い言葉が、口からこぼれてきた。


先輩が、好き
先輩のこと、もっと知りたい

先輩に、もっと


触れたい。

触れたい、触れたい。


「…こんな、気持ち、わたしばっかり持ってて…っ」
嫌だ
恥ずかしい


拭っても拭っても止まらないなみだに、嫌気がさした。



「…なまえ、」
先輩がまた、わたしの名前を静かに呼んだ。

「…もっと、触れてもいい?」

わたしの返事を待たずに、ぎゅう、という音が聞こえそうなほど、力いっぱいわたしを腕に閉じ込めた先輩。


「…大事にしなきゃ、って、ずっと思ってたんだ」
先輩はそう呟いて、わたしの頭を少し乱暴に撫でた。その行為よりも、先輩の切羽詰まったような声に、わたしは目を見開いた。いつも穏やかにしゃべるひとだったから。
「…ねぇ、なまえばっかりが、そんな気持ちを持ってると思った?」
どくん、どくん。肌を隔てて伝わる、先輩の心音。それは思っていたよりも速くて、まるで血が全速力で走っているみたいに思えた。

「…好きで、好きで、堪らないんだよ」
まるで何かの呪文みたいに、唸るようにして吐き出された言葉。それと同時に、わたしを抱きしめるその腕は、どんどん力を増していった。
「…あのね、」


…本当は、ずっと我慢してたんだ


「…せん、ぱい…?」
わたしに埋もれたまま囁かれた言葉は、わたしの耳には上手く届かなくて、だけどその言葉が、先輩の本音であることだけは分かった。先輩は抱きしめる腕を緩めて、静かにわたしを見つめた。そうして、苦しそうに笑って、

「…『優しい先輩』のままでいられなくて、ごめんね」
「え、………っ」

不意に、唇に柔らかいものが、触れた。
それが先輩の唇だって気付くまでに、数秒を要した。

「……せん、」
「だめ、喋らないで」
喋る暇すら与えられないほど、何度も、何秒も、口を塞がれた。頭も身体も、今の事実についていけなくて、わたしは、飲み込まれそうな感覚に耐えるので精一杯だった。先輩の服を、両手でぎゅうっと握りしめながら、飲み込まれないように必死にしがみついた。

「…まだ、足りないよ」
「…っえ、」
「もっと、ちょうだい」
全部、全部。
そう言って、先輩はまた、わたしを思いきり抱きしめた。恥ずかしさと、この現状を把握できないもどかしさで、頭はいっぱいいっぱいだった。足りない酸素をそこらじゅうからから吸いこもうと、わたしの肺はせわしなく活動していた。


「…せんぱい、今、」
「……すみません、我慢の限界でした」
…ちゅー、した。なんか、いっぱいされた。苦しかった。でも、

「…よかったぁ」
「へ、」
思わず漏れた安堵の言葉に、アレン先輩は呆気にとられたような表情をしていた。
「わたしだけなのかな、って、思ってたから…」
こんな、恥ずかしい気持ちを持っているのは。
「…同じ、だよ」
そう言って、情けなく微笑んだ先輩。
「言ったでしょ、ずっと我慢してた、って」
「は、そ、そうか…っ」
しどろもどろしながら返答するわたしに、先輩はふ、と笑って、わたしの頬を両手で包んだ。

「…でも、もう我慢する必要、ないね」
もう一回、してもいい?

「………っ!!」

耳元でそう囁いて、妖艶に微笑んだ先輩を、わたしは一生忘れないと思う。





夕焼けとセンチメンタル
(…せんぱ、も、むり…っ)
(あはは、だめだって逃げちゃあ)




*゚
Shimbaさまリク
『アレン先輩ファーストキス』
…ふぁーすと、きす…?
初めてにしちゃあ激しすぎますよ。何なんですか、アレン先輩はむっつりなんですか?
…Shimbaさま、へんたいなアレン先輩とけいをお許しください。リクありがとうございました◎


2011.3.21
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