10000打企画 | ナノ

人間は、言葉を手に入れたことで、その道具に頼りきって生きている、何とも下等な生き物らしい。いつだったか、読んだ本にそう書いてあった。



「まぁ、何だかんだで、ちゃんとなまえのこと好きなんだと思うさ」
苦笑いを隠しきれない表情で、まるでわたしを諭すように宥めた友人ラビ。わたしをねぎらってくれるその優しさに、わたしはほんの少し肩の力を抜いて、眉間の皺をわずかに解いた。
「何だかんだの一言で上手くまとめましたけど、いまいち説得力がないよ」
「いや、まぁ、そこはアレさ、アレンの奴がそういうのを態度で表わすのは不器用なんだってことはなまえも知ってるだろ、長い付き合いなんだから」
「知ってるけどさ…不器用にも程があるよ、高倉健さんのほうがよっぽど素直だと思うよ」
わたしはしゅんと眉を下げ、持っていたパックのオレンジジュースを啜った。ずず、と音を立てて、空になったことを知らせてくれた紙パック。わたしは角をぺりぺりと剥いで、両手のひらで押し潰した。ぺしゃんこになった紙パックは、まるでわたしの心のように思えた。
「ねぇ見てラビ、これわたし」
「は?」
「今のわたし、こんな気持ちなの」
「…ぺしゃんこ?」
「うん」
「…お前がぺしゃんこなのはその胸だけで十分さ」
「むっかぁ!」
「あ、昼休み終わるさ、ホラとっとと自分の教室戻れ」
しっしっ、と野良犬を払いのけるみたいに、わたしを教室から押し出したラビ。ちぇー、と口を尖らせてみるも、ラビに「はっ、ばぁか」と罵られるだけだった。何だあのひと、友達がこんなに悩んでいるのに、ぺしゃんこだのばかだの好き勝手言ってくれますこと。

「なぁ、なまえー」
とぼとぼと隣の教室に戻ろうとする頃、ひょこっとドアから顔を覗かせたラビ。
「不器用なのは、アレンもお前も一緒だと思うさ」
にや、と、何かを確信しているみたいに笑ったラビの発言に、わたしは返す言葉を見つけられなかった。





「……アレンー」
ざわざわと騒がしい教室を控えめに覗きこんで、視界に彼を確認する。わたしの声に気付いた彼は、近くにいた女子数名に笑顔で声をかけ、鞄を肩にかけてこちらに向かってきた。
「遅かったですね、もう帰ろうかと思ってました」
「ごめん、先生にちょっと仕事頼まれちゃって」
「ああ、パシリに最適ですもんね君」
「何をぅ!?」
「じゃあパシリついでに肉まん奢ってください、何か今すごい食べたくなったので」
「ちょっと、何でわたしの肉つまみながら言うの」
「あ、間違えたこっちか」
「いひゃいいひゃい、ほっへふわわわいへ」
間違いもくそもないわばかアレン!そう言いたいのに、ほっぺを両側からぐいーっと引っ張られ、上手くしゃべれない。ふがふが言っているだけのわたしを見て「あはは、人間の言葉には聞こえないや」と、実に爽やかな笑顔で言い放ったアレン。誰のせいだと思ってるんだ…!


「ねぇ、アレン」
「何ですか?あ、ついでにピザまんもお願いします」

「…アレンとわたし、付き合ってるんだよね」

ぽつりと独り言みたいに呟いたわたしを見て、きょとんと目を丸くしたアレン。コンビニの店員さんに、肉まんとピザまんのお金を払い、おつりを受け取る。そのままコンビニをあとにする。目を丸くしたままのアレンが、わたしに続いて歩く。
「…何ですかいきなり」
「わたしは、アレンが好きだよ」
肉まんの入った袋を、わたしの手から取ろうとしたアレンに、わたしは、まるで試すみたいに言葉をかけた。アレンは手を止めて、じっとわたしを見つめた。次に返ってくるであろう彼の言葉を期待して、わたしは動かず、その場に踏みとどまった。

「…意味がわかんない」
「あいたっ」
アレンは呆れるみたいにため息をこぼして、わたしの額で指をはじいた。
「寒いときにくらうデコピンって、いつもの数倍痛いですよねー」
「分かってるならやらないでよ!」
「はいはい、いいから帰りますよ、寒くて凍りそうです」
いつの間にか、彼の手に渡っていた肉まんとピザまん。彼は幸せそうに口に頬張り、白い息だか湯気だかを吐き出した。





***

「…好きなのは、わたしだけなのかも」
こてん、と、机に頭を乗せて目を瞑った。向かい側に座る眼帯の彼は、「今度は何なんさ」と尋ねながら、なぜか編み物をしていた。
「…ていうか、ラビはさっきから何してるの」
「んー?マフラー編んでんの」
「なんで?」
「んや、彼女が毎日寒い寒いってうるさいから、じゃあオレが編んでやるよってことになって」
「何だその展開…」
「オレに編めねぇマフラーはないさ。ましてや好きな彼女のためなら何メートルでも編むさ」
「…ほどほどな長さにしといてね」
いいな、ラビは。こうやって、ストレートに『好き』っていうことを表に出せるひとだから。ラビみたいに表現してくれれば、こんな不安にならなくて済むのにな。

「ねぇラビ、わたしって我が儘なのかなぁ」
「んー?何で?」
「…アレンのこと、信用してないわけじゃないの。けど、付き合う期間が長くなっていくたびに、アレンの気持ちが分からなくなるの」
「普通、逆じゃね?付き合ってくうちにどんどん相手の気持ちも分かるようになるもんなんじゃねぇの?」

「…わたし、アレンに『好き』って言ってもらったこと、ないんだ」

「は、まじで?」
まじだよ。そう言うと、ラビは「うわー…アレン不器用すぎるさー…」と、顔を手で覆った。
「そりゃあ、不安にもなるさ」
「でしょう?挙句、毎日のようにほっぺつねったりデコピンしてきたりするんだよ。そんなんで、アレンがわたしのこと好きだなんて確信、持てると思う?」
「…キツイな」
ようやくわたしの胸の内を分かってもらえた気がして、少し気が楽になった。
「…まぁ、アレンが素直じゃないのも、好きな子いじめたい体質なのも、今に始まったことじゃねぇけどさ…」
ラビは器用に毛糸を操り、じゃき、とハサミで毛糸を切って整えた。彼自身も満足のいく作品だったらしく、まじまじとマフラーを眺めている。
「ラビはほんと器用だね」
「まーね。んじゃあこれ、彼女に渡してくるさー」
「え、ちょ、帰るの?」
「お前も帰るんだろ?さっきから、ドアんとこに迎えが待ってるさ」
「へ、」
ぱっとドアに顔を向けると、何だかえらく不機嫌そうなアレンが、ドアにもたれてこちらを見ていた。
「もうさ、お前らお互い素直になったら?アレンも、あんまこいつのこと、不安にさせんなよ」
わたしの頭に、ぽんと手を乗せながらアレンに声をかけ、ラビは帰り支度を始めた。アレンはその表情をより一層歪めて、ゆっくりこちらに近づいた。なぜか、睨まれるわたし。
「なまえがさ、アレンが自分のことちゃんと好きなのか不安でしょうがねぇんだって」
「ちょっ、ラビ!」
「だからさ、恥ずかしいのも分かるけど、もうちょい言葉でこいつに伝えてやってよ」
ラビはそう言って、今度はわたしの背中をとん、と押した。わわ、と前のめりになったわたしに、
「お前も、ちゃんとアレンに自分の気持ち、話すさ」
と、半ば強制的に送り出した。

いきなり振られたことで、何を言ったらいいのか、分からなくなった。
「…あ、あのね、アレン…わたし、」
しどろもどろになりながらも、何とかこの気持ちを伝えたくて、一生懸命口と頭を動かした。
「…わたし、アレンが「だったら、ラビにすればいいじゃないですか」


遮ったのは、アレンの声。

「僕じゃあ、なまえの期待に沿えないんでしょう?ラビのほうが、君のこと、よく分かってくれてるじゃないですか。…だったら、ラビと付き合えば、いい」



何を、言っているの、アレン

違うの、そうじゃないの

そうじゃ、ないんだよ




「………っ、」

不意に、垣間見えた、表情。


アレンは、くるりと身体を反転させて、逃げるみたいに教室を出ていった。
「ちょっ…おいっ、アレン!」
「ラビ、いいよ」
追いかけようとしたラビの服を、ぐいっと掴んで制止した。
「…いい、の、」
「いい、って…いいわけねぇさ、あんなん…っ」
ぽろぽろと、溢れてくる涙を、ラビが慌てて拭った。

「…ラビ、前に、不器用なのは、アレンもわたしも一緒だ、って、言ったよね」
「…うん」
「その通りだなぁ、って、今思ったの。わたしも、ちゃんとアレンに伝えなきゃいけないこと、たくさんあったんだ」
わたしの言葉に、ただうん、うん、と頷いたラビ。ごめんね、不器用なわたしたちで、ごめん。心配かけて、ごめん。

がんばるから。






走った。走った。先生に怒られようと、すれ違う友達に不思議がられようと、息が切れようと、わたしはこの長い廊下を、階段を、彼めがけてただ走った。
アレンのいる場所なんて分かっている。何年付き合ってると思ってるの、ばか。


はぁっ、と息を短く吐いて、呼吸を落ち着かせる。

「…見つけた、ばかアレン」
校舎裏の、ひっそりとした裏庭に、背を向けて立っていたアレン。人目につかないこの場所は、アレンとわたしの、大事な場所だった。
「…来ないでください」
「やだよ、行くよ」
「来たらなまえの恥ずかしい秘密100連発を大声で叫びます」
「そんなに秘密持ってないから大丈夫」
「なまえのー!!胸のサイズはー!!」
「うわぁ!!やっぱやめて!!」

どすっ、と、体当たりするみたいに、アレンの背中に抱きついた。校舎に向かって声を挙げていたアレンは、途端、両手で顔を覆ってしゃがみこんだ。抱きついたままわたしも一緒にしゃがみこむ。

「…アレン?」
「ちょっ、こっち見るな!」
後ろからアレンの顔を覗きこもうとする、と同時に、アレンの手のひらで目を覆われた。おぅ、何も見えない…!




「…自信が、なかったんです」


わたしに目隠ししたまま、まるで絞り出すみたいに、ゆっくり話しだしたアレン。その表情をうかがうことはできなかったけど、声色は、情けないほどに弱かった。いつものアレンとは大違いだ。
「なまえは、どうして僕なんか、好きでいてくれるんだろう、って」
「そんなの、好きなんだもん、しょうがないよ」
「…僕は、君みたいに、素直じゃないし、不安に、させてばかりだ…」
「そうだね。でも、もう分かったから、いいの」
アレンの気持ちも、わたしの気持ちも。



わたしは、ただ『言葉』をほしがっていただけだったんだ。そんなもの、ただの道具でしかないのにね。

気づけなかったのは、わたし自身。

だって、アレンは、いつだって
わたしに伝えてくれていたじゃない。


その表情で。その瞳で。


「…アレン、顔、見せて」
そっと手を取ると、アレンは、伏せていたその顔をゆっくりあげた。



その顔を見て、わたしは、思わず吹き出した。

「ちょ、何ですか人の顔見て笑うとか…!」
「あはっ、だ、だってアレン…顔真っ赤…っ!」
「………っ!」

ほら、
『好きだ』って、その顔が言っているもん。


「…ごめんね、アレン」
「……肉まん10個で手を打ちます」
「素直じゃないなぁ」

だけど、そういうところも全部全部、



((だいすきなんだ。))






ネイビーブルーの星屑と
(これがいわゆる、あおいはる!)





*゚
愁夜さまリク
『甘えん坊彼女とアレンさん』
なんか、内容ずれてる…愁夜さま、すみませんこんなで…。
すてきなリクありがとうございました◎

2011.3.21

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