10000打企画 | ナノ

「…ふあ、眠…」
大きな欠伸をしながら、ぐいー、と大きく背伸びをした。人の目なんてはばからない。こんな時間まで会社に残っている人なんて、僕以外にいないだろうと確信しているから。
1回目のプレゼンが成功してからまだ数日しか経っていないのに、早くも次のプレゼンの約束を取りつけてきてくれた我が上司・コムイさん。「今回のとこはそんなにハードル高くないから大丈夫だよー」なんて暢気にコメントを添えてくれたけど、こっちまで気を抜くわけにはいかない。
今回のプレゼンは、いわば形式だけのものらしく、その会社との契約が取れるのはほぼ決定事項らしい。だけど、任されたからにはやるべきことはやらなければ。そう気合いを入れたら、どうやら張り切り過ぎたようだ。気付けばこんな時間までパソコンと向かい合っていた。

「…ぅあ、目がしぱしぱする…!」
ぎゅー、と眉間を指で押さえながら、パソコンから目を離した。目薬のコマーシャルとかでよくあるポーズだ。
何か飲もうかな。そう思い立って、一人で籠っていた会議室のドアを開ける(会議室のパソコンじゃないとパワーポイント使えないんだよなぁ…)。ドアを開けた先には、いつもの企画開発部。ひっそりと並ぶデスクの列を通り過ぎようと、一瞬だけ見回してみた。

「…あれ?電気ついてる」

誰もいないはずなのに。消し忘れたかな。一か所だけ電気がついている。
その場所に近づくと、よく知る人物がいた。

「…なまえ、ちゃん…?」

パソコンの電源をつけたまま、デスクに突っ伏している彼女。…人のことを言える立場でもないが、なまえちゃん、働き過ぎだと思う。
「なまえちゃん、大丈夫?」
「………」
「…おーい、なまえちゃーん?」
「………」

…声をかけても、返ってくるのは小さな小さな寝息だけ。……これ、僕が残ってなかったらこのまま会社に泊まる羽目になってたんじゃないか。
かくいう自分も、以前仕事をしながら居眠りしてしまい、彼女に起こしてもらったことがあったが。
就職活動でのことといい、居眠りのことといい、彼女と僕はどこか似ているらしい。

先程よりもほんの少し近づいた。隣のイス(リナリーの席)に座って、横から彼女の顔を覗きこんでみた。
「…ふは、熟睡してる」
すぅすぅと、小さな子どもみたいに規則正しい寝息を立てる彼女に、思わず笑みを溢した。その目は静かに、だけど頑なに閉じられていて、どうやら、ちょっとやそっとじゃ開かないようだ。僕は自分の目的もそっちのけで、彼女の寝顔を観察してみることにした。社員の寝顔なんて、そうそうお目にかかれないからね。

「…静かに寝るなぁ」
いつもせっせと動く彼女しか見ていないから、なんだか不思議な感じだ。僕はこてん、とデスクにもたれて、彼女と同じ目線になった。彼女はそんなことには1ミリも動じることなく(当たり前だけど)、ただ自分の腕を枕にして眠るだけだった。


はらり、と、彼女の前髪が額をかすめて下に動いた。初めて動いた、彼女の身体の一部。まるで反射運動みたいに、そうすることがごく自然であるかのように、僕はそれにそっと手を伸ばした。
「……柔らかい」
指で前髪をひょいと掬って、そのまま親指で撫でてみる。前も思ったけど、なまえちゃんの髪って、柔らかい。触り心地が良いのだ。

僕自身、随分と大胆なことをしているな、という自覚はあった。彼女が寝ているのをいいことに、何をやっているんだろう僕。髪の毛フェチなのかな。

「……んん、」
「わ…っ!?」
安らかな顔で眠っていた彼女が、唸るように声をもらしてその表情を少し崩した。やば、起きる…!?若干の名残惜しさを残しながら、僕は彼女からそおっと手を離した。

「…んぅ…っ」
「……っ、」

………いやいやいやいや、ただの寝言(?)だよ。何こわばってるんだよ僕。何だか妙にどぎまぎしてしまった。

今に起きるであろう彼女にどう接するかを頭の中で考える。だけど、彼女はそれっきり動く気配を見せず、再び熟睡し始めた。
…なんて眠りの深い人なんだろう。逆に感心してしまう。


「…無防備、だなぁ」
一人でそう呟いた後、ぽす、と彼女の頭に手のひらを乗せた。やっぱり彼女の頭は撫でやすくて、ゆっくりゆっくり、確かめるみたいに何度も撫でた。

そうしたら、彼女の表情はやんわりと笑顔に変わった。僕は少しだけ驚いて、だけど彼女は相変わらずその目を開けることはなかった。ただ口角を優しく上げて、まるで僕に笑いかけているかのような、そんな錯覚を起こしそうになった。もちろんそんなわけないのだけど。


「……なまえ、ちゃん」

…そろそろ、起こさないと、なぁ。そう思う傍らで、もう少しこの寝顔を見ていたいような気もする。だって、何だか、すごく穏やかなんだ。この寝顔も、僕の心情も、この部屋も、彼女に乗せたままの手のひらも、全部全部。彼女の頭に手を乗せたまま、このまま、僕も一緒に眠ってしまおうか、なんて、馬鹿みたいなことを一瞬考えた。自分の顔を乗せていた手のひらが少ししびれてきたけど、彼女と同じ目線であることが、それ以上に嬉しく思えた。きっと今の僕は、彼女と同じ表情をしているんだろう。


なまえちゃんは、不思議だ。ただそこにいるだけで、こんなに穏やかな空気にする。色んな煩わしいこと全部、どうでもよくなるような。なんとかなりますよ、って、言われているみたいだ。




ねぇ、なまえちゃん、

「もうちょっとだけ、こうしてようか」



「…はい」

冗談半分で呟いた言葉に、消えそうなほど小さな返事が返ってきた。僕は目を見開いて、ひゅ、と心臓が縮まって、息をすることを忘れた。彼女は相変わらず笑顔で、寝息をたてている。

「…あは、すごいタイミング」

びっくりした。僕ははやる心臓を押さえて、一人安堵の笑いを溢した。変な汗かいた。

それでも起きない彼女に気を良くした僕は、調子に乗って、再び同じ体勢になって彼女が起きるのを待つことにした。


目を覚ました彼女が、目を見開いて大慌てで身体を起こすのは、それから幾分か後のこと。



めがさめるまえに

(…んー…っ)
(あ、起きた)
(…あれぇ、せんぱ…………え!!?)
(あはは、帰ろっかー)
(〜〜〜〜〜っ!!!)





*゚
奈一さまリク
『つむぎうた番外編』
とりあえずアレンさんに頭を撫でていただきたかった。
リクありがとうございます◎

2011.3.13

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