10000打企画 | ナノ

「困るんだよねぇ、こういうミスされるとさぁ」
表情を歪ませて、手に持った書類をひらひらと遊ばせる相手(取引先)に、ただひたすら頭を下げ続ける。
「本当に、申し訳ありませんでした…」
「大体これ、君たちの部署が発案して作成した企画でしょ?ちゃんと責任持って直してきてよ」
「はい、来週には必ず…っ」

ぺこり、と自分の限界まで低く頭を下げたまま、取引先の代表の方が立ち去るのを待った。
すごいや、わたしってこんなに長い時間頭を下げていられるんだぁ。自分の知らなかった世界を、今日もまた厳しい社会から教わりました。お父さんお母さん、なまえはまたひとつ大きくなりました。頭に血が溜まり始めてきて、何だか朦朧とする。



「…んの、ばぁか。なんつー初歩的なミスしてやがんだてめぇは。今まで何やってきてんだこの馬鹿」
朦朧世界を漂っていたわたしに、ぺしっという衝撃とともに容赦なくぶつけられる暴言。現実世界に戻されるわたしの思考。
「…おっしゃる通りです…」

…やってしまいました。
大事な取引先に提出した資料に、思わぬミスを発見してしまった。もちろんわたしのミスだ。
「ったく…、俺はウォーカーみてぇに優しくねぇからな、後で始末書書けよ」
「始末書……!」
「当たり前じゃねぇか、ウォーカーが笑って許してたって、ミスはミスだろうが。甘えんじゃねぇよガキが」
苛ついたため息と一緒に、正当だけど容赦のない言葉を吐いて、先輩はポケットから煙草を取り出し口にくわえた。



ミスが発覚したのは今朝。
「……まずい…!」
「なまえちゃん?まずい、って、何が……ぅわっ!?ちょっ、なまえちゃん!?」
慌ててチームリーダーのウォーカー先輩を捕まえて、別室に引きずり込んだ。
「え、あの、どしたの…?」
「…ウォーカー先輩…!」
じわり、と目に感じる違和感。やだな、もう、わたし子どもみたいだ。
「…じ、実は…!」


「――…ミス、って、昨日取引先に送った資料に?」
ウォーカー先輩の言葉に、わたしは口をつむんでこくりと深く頷いた。
「そっかぁ、あそこの代表の人、結構完璧主義だから、今日のうちにお詫びに行った方がよさそうだね」
「すみません…チーム全体の評価に影響しちゃうのに…」
「ミスしちゃったもんは仕方ないよ、それよりは、相手にお詫びの意思を示すことと、具体的な対策を早めに打ち出した方がいいと思う」
ウォーカー先輩の的確な指示に、わたしは少しずつ冷静さを取り戻した。
「体裁とかそういうのも結構気にする会社だから、なまえちゃんだけでお詫びに伺うよりは、誰かと一緒に行った方がいいかもね。…本当は、僕が一緒に行けたらよかったんだけど…今から別の取引先に行かないといけなくて…」

わたしの犯したミスとは言え、新人一人だけでお詫びに出向くのはさすがに許されないだろう、ということで、唯一スケジュールの開いていた、企画開発部イチ毒舌な先輩がついてきてくださることになった。
…正直、お詫びに行くことよりも、あの先輩と一緒に行くことのほうが不安でならない。

「…では、行ってきます」
「なまえちゃん」
ウォーカー先輩に呼ばれて振り向いた瞬間、ぽすん、と頭に乗っかった、手のひら。
「何かあったら連絡して。一人で抱え込んじゃだめだよ」
「…はい、」
「ミスなんて誰にでもあることなんだし、自分でそれに気づけたんだから。あとは相手に真摯にお詫びすれば、何とかなるから」
「ありがとう、ございます」
小さくそう言うと、ぐりぐりと乱暴にわたしの頭を掻き乱すウォーカー先輩。
「ぅわわわわ、ちょっ、ぐしゃぐしゃになります先輩!」
「あははっ、ほんとだ、鳥の巣みたいだー」
「もう、笑いごとじゃないです!」
「あは、ごめんごめん、…じゃあ、いってらっしゃい」

…そう笑って、背中を押してくれたウォーカー先輩。








「――…おい」
「はっ、はい!」
「顔に出てんぞ、『ウォーカーについてきてほしかった』って」
「そっ…そんなこと思ってません!」
「あーあ、ほんと嘘吐くの下手くそだなお前」
「…っ、ト、トイレ行ってきますっ!」
すたすたと足を速めて、先輩から遠ざかった。
……そ、そりゃぁ、本音をいえば、ウォーカー先輩と一緒がよかったに決まってる。下心も含めて。だけど仕事だし、ましてや謝罪に付き合っていただいているんだし、わたしの責任だし……だけど…だけど、なんか、悔しい。


「…お待たせしまし……あれ、」
気持ちを切り替えてトイレから戻ってくると、席には先輩の姿はなくて、代わりにテーブルにぽつんと置かれていたレシートが目に入った。手に取って裏を見ると、

【トイレ長すぎ。
先に帰る。
お前は一人で帰って反省してこい。
バーカ。】

「…あんまりだ…!」
ひどいや!ここまで先輩の車の運転で来たのだ。道なんてほとんど覚えてないのに、しかもわたし方向音痴なのに…!


ブー、ブー、

絶望一色に染まっていると、鞄の携帯が震えだした。慌ててディスプレイを見ると、そこには意外な人の名前が表示されていた。

「…も、もしもし、」
『あ、なまえちゃん?無事終わった?』
「…ウォーカー、せんぱ…っ!」
『さっき終わったって聞いたから、ちょっと電話してみたんだけど…車に置いていかれたんだって?』
「…ウォーカー先輩、声殺して笑ってるのバレバレですよ」
『えー?やだな、笑ってなんか…ふはっ、』
「せんぱい、わたしせつなくて泣きそうです」
わたしが無言になると、慌ててごめんと謝罪したウォーカー先輩。

『なまえちゃん、今から僕が道案内するから、そのまま電話切らないでね』
「へ、道案内、って…」
『えーと、まずは会社出てすぐの横断歩道を渡って』
「え、あの、」
『ほら、早く移動しないと分からなくなるよ?で、次はー』
「わあぁ、ちょ、待ってください!今渡ります!」

突然始まった道案内に、うろたえながらも従うわたし。
『今、向かい側に銀行見える?』
「あ、はい、見えます」
『そしたら、その交差点を右に曲がって』

「…なんだか、不思議ですね」
知らない道を歩いているのに、なんだかわくわくする気持ちのほうが勝る。実際、わたしが一人で帰って来れないせいで先輩に迷惑かけているんだから、わくわくするなんて不謹慎な話なんだけど。
『探検みたいでしょ』
「う、すみません、ご迷惑をおかけして…」
『全然。僕もなんか楽しい』
そう呟く先輩の声は、本当に楽しそうで、わたしはほんの少しだけ安心して胸を撫で下ろした。
「ウォーカー先輩は、もう戻ってきてるんですか?」
取引先に行くと言っていたが。
『あー、うん、僕もさっき終わったところで、今ちょっと休憩してから戻ろうかなと思ってたところ。あ、そろそろ交差点に着いた?』
「あ、はい、見えてきました」
『そしたら、その交差点の少し手前に、細い路地裏があるから、そこ曲がって』
「え、路地裏…?」
言われるがまま路地裏に入ると、人もまばらな細い細い道が続いていた。
「…先輩、これ本当に会社に戻れるんでしょうか…?」
『大丈夫だよ、ちゃんと会社に帰れるようにしてあげる』
ウォーカー先輩はなぜか本当に楽しそうに、まるで子どもみたいにはしゃいでいるように思えた。
「…あれ、なんか、行き止まりになっちゃいました」
『そこに小さい喫茶店みたいなのがあるでしょ?そこ、入ってみて』
「え、」
喫茶店から会社に繋がっているなんて、まさかそんなことはないだろうけど。だけど目の前にある小さな喫茶店に、何が待っているのか知りたくて、わたしはその扉をゆっくり開けた。




「…あ、おかえりー」

喫茶店に入ると、そこに待っていたのは、

「…ウォーカー、せんぱい」
「お疲れさま。はい、カフェオレ」
もうすぐわたしがここに着くことを知っていた先輩は、注文しておいたカフェオレをわたしに手渡した。わたしはそれを受け取って、カウンターに座るウォーカー先輩の隣に腰を下ろした。
「楽しかったでしょ、探検」
「…はい、まさか先輩のところに繋がってるなんて思わなかったです」
わたしがそう言うと、先輩はふは、と笑って、
「ちょうど、僕が行ってた取引先の会社もね、ここの近くだったんだ。早く終わったからここで時間潰して待ってた」
「待ってた、って…」
ちょっとまてよ…?わたしが車に置いていかれること前提で、先輩はここでわたしを待ってたってこと?
それって…

「…もしかして、ウォーカー先輩、仕組んでました…?」
「うん。車先に出しちゃっていいよ、って伝えちゃった」
悪戯っ子みたいに、くしゃっと笑ったウォーカー先輩。
「な…何でそんなこと…!」
「んー、なまえちゃんをからかいたくなったから?」
そう言って、ぽんぽんと、わたしの頭を撫でた。わたしは頭が上手く追いつかなくて、ただぽかんと言葉をなくした。途端、ふにゃふにゃと、肩の力が抜けた。からかいたくなったから、って…どんな理由ですかそれ…。

「肩の力、抜けたでしょ」
「抜けましたよ…ふにゃふにゃですよ…」
「うん、それでいいんだ」
何がいいんだろう?わたしが頭上にクエスチョンマークを浮かべると、悟ったように先輩が微笑んだ。

「なまえちゃん、仕事中ずっと肩に力入ってるから、たまにはふにゃふにゃになるくらい力抜けたらいいのになぁって思って」
「…それで、わざわざ…?」
「まぁ、結果的に僕もかなり楽しんじゃったけどね」
そう、だったのか。何だか一気に気が抜けて、ふー、と大きくため息を吐き出した。
「…あ、おいしい、このカフェオレ」
「でしょ。ここ、僕のサボり場所」
誰にも言わないでね?と、先輩は人差し指を口に当ててみせた。わたしはうんうんとひたすら頷いた。
「…でも、何でわたしにはばらしちゃったんですか?」
「なまえちゃんには、教えてもいいかなと思って」

がんばったから、特別。

「とく、べつ…」
「うん、特別」
「…特別…」
やだ どうしよう、嬉しい
にやける頬を抑えきれずに、わたしはえへへ、と小さく笑った。
そうしたら、先輩は、「…あー、もう、」と呟いて、

「うわっ、!?」
今度は、がしがしと乱暴にわたしの頭を掻き乱した。


そして、最後にとんでもない爆弾を落とした。






「…何でそんなかわいいかな、なまえちゃんは」



ある日の迷子と路地裏探検
(あれ?アレンくんとなまえちゃんはまだ戻らないの?)
(さぁ、どっかでサボってんじゃないっすか)




*゚
はいじさまリク
『つむぎうた番外編』

なんなのこの先輩、優しすぎるんだけど。自分で書いてて言うのもアレですけどウォーカー先輩はなまえちゃんに甘すぎると思いますよ。
ちょっと現実離れした番外編にしたいなぁと思って、若干探検ちっくにしてみました。(?)
はいじさま、遅くなってすみませんでした。リクエストありがとうございます◎

2011.5.22
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