はろ | ナノ

「…ん、」
柔らかい日差しが降り注いで、少しずつ働き出す身体。重たい瞼をゆっくりこじ開けて、目の中にも日光を浴びる。あ、いい天気…今日は洗濯物がよく乾きそう、だ。それから、布団も干しておこう。確か今日はバイトも休みだし、朝ご飯のあとにどこかにのんびり出かけてみようか。

「………あれ、」

…ようやくはっきりしてきた、自分のボディイメージ。今、僕の腕の、中にいるのは、紛れもなく…

「…あ、あれ…?…なまえ?」

…なんか、前もあったなこのパターン。

そっと抱きしめていた手を離すと、その振動で身を捩ったなまえ。
「…んー…」
「あ、の、おはようございます…」
「んー、やぁ、もうちょっと…」
……何だこの可愛い人!!
「なまえ、起きてください、朝ご飯食べましょう、お腹空きました」
「やだぁー…」
「やだじゃありません、空腹で倒れそうです」
「きのう、あんなに(吸血)したくせにぃ…」
「ちょ、なまえ、変な誤解を生む発言やめてください、なんかいかがわしく聞こえます」
「(吸うとき)いたくしないでね、って、いったのに…」
「いやいや、だから、…って、完璧起きてるじゃないですか」
僕に好き勝手言えたことでよほど満足したのか、くすくすと、小さく笑いを零したなまえ。その仕草があまりに愛おしくて、僕はもう一度彼女を腕の中に抱き入れた。
「いやー、離してよせくはらー」
「すごい棒読みなんですけどー」
離してとその口が言葉を発するも、僕の腕の中にすっぽり収まって動こうとはしないなまえ。やばい、かわいい。

ふ、と、昨日の出来事を思い起こし、彼女の首筋を見る。案の定、2か所の歯型がまだうっすらと残っていた。思わずそこに手を伸ばし、指でなぞった。なまえはいたた、と顔を歪める。ごめん、とすぐに手を離すと、彼女もまた昨日の出来事を思い出したように、ふふ、と思い出し笑いをした。…笑う要素があっただろうか。

僕が怪訝な表情をすると、なまえは悟ったように柔らかい表情で話しだした。

「いやぁ、まさかあんなに強いひとに勝っちゃうなんて」
「勝った、って言うんでしょうか、アレ…」
「まぁ、前半はボロ負けだったけどねアレンくん」
「…なまえって、たまに直球投げてきますよね」
「まぁいいじゃない、こうしてお互い無事でいられたんだから」
にへ、と平和ボケの象徴かのようなゆるんだ笑顔を見せたなまえ。
…確かに、よくあれで無事でいられたものだと、自分でも思う。



…――

「…へぇ、すげぇな、“愛の力”ってやつ?」
「あなたが言うと人一倍胡散臭くなりますね」

…あのあと、ティキ・ミックと対面した僕。……が、このまま彼と拳でやりあったところで、勝負は見えていた。エネルギー切れで立つのもやっとの僕には勝算などどこを探しても見当たらなかった。まさに『負け戦』なのだ。


そこで、僕は考えた。

力でかなわないのなら、知恵で勝てばいい、と。




「…あぁ、そういえば……先日、うちのバイト先にあなたのご兄弟がきましたよ」
「は?何突然」
「確か…奇抜な格好をした双子の…」
「奇抜…ああ、ジャズデビか。何、そいつらがどうしたって?」
「その方々なんですが…散々うちで飲み食いして騒ぎまくった挙句、おもちゃのピストルでお互いを撃ち合って店の中をめちゃくちゃにしたんですよね」
「…へぇ、あいつらなら、やりかねないわ…」

「その時の飲食代と店の修繕費が、あなたの名前でツケられてるんですよね、ティキ・ミック卿」

じと、と彼を見上げた(身長差の関係で見上げるしかできないのだ)。彼はきょとん、と僕を見下ろすも、またすぐに余裕の笑みを浮かべた。ああ何て嫌な大人だろう。

「まさかと思うけど、少年、それでオレのこと脅してるつもり?はっ、そんなんじゃ脅しにもなんねぇよ?」
「ははっ、やだなぁ、そんな幼稚な手を使うつもりは微塵もありませんよ?…ただ、その時に、とても面白いものをいただきましてね」
そう呟いて、ポケットを探る。
「先程の双子の方と同席していた、小学生くらいの女の子に、『迷惑掛けたお礼〜、きっと何かの役に立つよぉ』って、何枚か写真をいただいたんですよね。


『ティッキーの最高に恥ずかしい写真』って」



ぴっ、と1枚の写真をポケットから取り出し、僕はそれを口元に当ててみせた。同時に、ぴし、と笑顔を固まらせたティキ・ミック。
「…いやいや、まさか、え?」
「いやぁ、これなんか本当に…ぷっ…さ、最高に、恥ずかしくて…ぷぷっ、」
「いやいやいやいや、いくらロードでもそんな写真、」
「…こ、このリボンのやつなんか特に…っ、だ、だめだ、ふっ、ふはっ!」
「冗談はよそでやってくんねぇかなぁ少年!!リボンて何かな!!」
「ははっ、エリートの面目丸潰れですね。……これを上層部のみなさん、下位の吸血鬼のみんなに送ったら、一体どんな反応が返ってくるのでしょうねー…?」
「…………っ、」







――これが、昨日の出来事。
そのまま彼は、僕の手から写真を奪い取り、逃げるようにして部屋を出ていった。エリート吸血鬼の彼にとっては、あまりにも情けない結末である。

「あーあ、あの写真、ちょっと見たかったなぁ」
ごろりと寝返りを打ち、僕に背を向けたなまえ。僕は条件反射のように彼女を捕まえ、ぎゅっと腕の中に閉じ込める。ふお、と意味の分からない声をもらしたなまえに、思わず笑みが零れてしまった。
「あんな写真、持ってて何の得になるっていうんですか」
「実際今回は役に立ったじゃない」
「…なまえがそう言うなら、コピーとってあるので差し上げますけど」
「ほんとえげつないねアレンくん…!」
そう言って苦笑するなまえの、首筋の傷跡を見た。白い肌にうっすらと残る青紫色の痕は、痛々しさだけでなく、どこか儚げな雰囲気を放った。


僕は、吸いこまれるように、その青紫に、そっと唇を寄せた。
一瞬、彼女の肩が、びく、と揺れた。


「やっぱり、あのあと、吸ったんですよね、僕…」
どうやら、朦朧とした意識のなかでなまえの血を吸ったあと、彼女と一緒に僕も倒れてしまったようだ。

「…ごめん、やっぱり僕は、君と一緒にいちゃ、いけないんだ」
だって僕は、まぎれもない、

化け物なんです。




「………か、」
「…なまえ…?」
「ばか、アレンくんの、ばか、大ばか…っ」
ぎゅう、と、彼女を閉じ込めていた僕の腕に、今度は彼女が力いっぱい抱きついた。
「一緒にいちゃいけない、なんて、誰が決めたのっ…そんなの、ただの責任転嫁だよ、そうやって、自分以外の誰かが決めたみたいに、最初から決められた運命みたいに言って、アレンくんは、逃げてるだけなんだよ」
だから、アレンくんはばかだって言ったんだ、このばか。

…ばかばか、って、一体何回僕に暴言を吐くつもりなんだ、彼女は。

「…ごめん、」
「やだ、許さない、ばか」
「ごめん、なまえ、」
「嫌、うるさい、ばか」
「なまえ、」
「嫌だ、離せばか、へんたい、白髪、もやし、」
「後半部分は聞かなかったことにしますね」
「えろもやし!白もやし!へたれ…もが、」
「…さぁ、黙らない口はこの口ですか、僕の左手の握力なめないでくださいね?」
「ほぁ…っ!」


「…聞いてください、なまえ」
もがいて抜け出そうとする彼女の後姿を、もう一度、強く抱きしめた。
「確かに、僕は逃げてました。吸血鬼の自分が嫌で、自分の運命を何度も憎んできたし、こんな自分、認めたくなかった」

でも、僕は、なまえに出逢った。

自分を信じて、一緒にいたいと、言ってくれる人に。同じように、自分も信じて、一緒にいたいと、思える人に。

だけど、

「僕は、吸血鬼で、これは変えようのない事実で…
これ以上、君を巻き込むことが、すごく、怖くなったんだ」

君を巻き込む怖さと、僕から君が離れていく怖さ。
矛盾した恐怖におそわれて、それならいっそ、自分から離れてしまえばいいと思った。

「でも、できなかった。離れたくない、って、思った」


「…『契約』って、アレンくん、言ったよね」
静かに、ぽつりと、なまえが呟いた。
「アレンくんが、一方的に押し付けた『契約』だったのに……おかしいよね、
その『契約』にこだわって、すがりついていたのは、わたしのほうだったんだ」
だって、『契約』を口実にすれば、一緒にいられるでしょう?

そう言って自嘲してみせたなまえ。
「でも、もうあれこれ考えるのは、嫌なんだ。アレンくんもわたしも、離れたくないから一緒にいる。それでいいじゃない、それ以外、わたしは何もいらない」
「…なまえ、でも、」
「難しいことばっかり考えるから、分からなくなるんだよ。アレンくんがどうしたいのか、必要なのはそれだけだよ。それが答えになるし、道になるんだと思うよ」

くるりと、僕のほうを向いて、僕の頬を両手で包みこんだなまえ。
「…アレンくんのこと、最初は、怖かったよ。でも、わたしは、アレンくんがいないと、だめなんだ。
今はね、怖いくらいに、好きなんだよ」
にへ、と隙だらけの笑顔に、僕はたまらなく、泣きだしそうになった。





僕は、


「…答えをみつけたよ、なまえ」
「…何泣いてるの、ばかアレン」
「うるさいです、ばかなまえ」


そう苦笑して、彼女に、そおっと唇を乗せた。





答えをみつけた吸血鬼
(きみとずっといっしょにいる)










******************

大変遅くなりましたが、ようやくハロウィン連載が完結しました…。
なんだか書きたいことが上手くまとまらなくて、ごちゃごちゃしちゃったよ。やっぱりつまるところは、シンプルな答えでした。ただ、一緒にいたい。それがいちばんだなぁと。
難しいおはなしは苦手。書けません。残念です。

長い期間、けいのハロウィン企画にお付き合いくださり、本当にありがとうございます。

2010.12.7


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