はろ | ナノ


「アレンくんっ!」

やけに張り上げられたなまえの声が耳を占めた。うすぼんやりと働きだす痛覚。じんじんと痛む頬に触れた。あ、血の味がする。口の中切れた。年下相手に手加減なしですか、この人でなしめ。

「あれ、当たっちまった」
ごく素朴なリアクションを見せた彼。さすがは、世界中の吸血鬼を束ねるだけの権力を持つ男だ。人(吸血鬼だけど)を殴ることなんて、そこら辺の雑草を踏みつけることと大差ないのだろう。
「んなヘロヘロな身体じゃ、暇潰しにもならねぇよ。オレのことなめてんの?少年」
ぷらぷらと手を揺らすティキ・ミックを視界に捉えた。
「アレンくん、何でここに…っ」
僕に駆け寄り、ひどく焦って心配するなまえをなだめながら、僕は一呼吸おいて、言葉を紡いだ。

「ごめん、なまえ。やっぱり、このまま離れるなんて、できないし、したくないと思ったんです」
ここに戻ってきたのは、なまえを守るため、なんてかっこいい理由だけじゃない(もちろんそれもあるけど)。僕の意志を伝えるために、ここまで這うようにして来たのだ。
「ここに戻るきっかけを作ってくれたのが、この男だっていうのが、正直かなり釈然としませんが…」
睨み付けた先には、余裕の笑みを浮かべるティキ・ミック。
「…へぇ、そんな目もできるんだ。意外と独占欲強いんだな、少年」
彼は、色々な意味を含んだように僕に言った。

そして、

僕の腹部を、思い切り蹴り飛ばした。

「…っ、」
どっ、と鈍い音をたてて僕の腹部に入った足。声にならない声が出た。やめて、と何度も叫ぶ、なまえの声が聞こえる。

「…なぁ、オレに喧嘩売ったのはそっちだろ?何寝てんだよ、ちょっとは楽しませてくれよな」
そう淡々と呟いて、倒れこんだ僕を何度も踏みつける。

…くそ、燃料切れな自分の身体は少しも機能してくれない。そのくせ、痛覚だけは異様に働く。


ああ、かっこわるい。
…情けないな。

大事な女の子一人守れないで

自分の気持ちも、伝えられないで。



「っ…もういいよ、アレンくん」

小さく、なまえの声がした。
なまえは倒れこんだままの僕の前に立ち、ティキ・ミックに向かい合った。

…待って、なまえ、もしかして、

「…あなたも、吸血鬼なんでしょう?わたしの血が欲しいんでしょう?」
「…まぁ、ね」

だめ、だ、なまえ、やめろ、

ぐい、と服の首まわりを引っ張ったなまえ。白くて細い肩が剥き出しになって、まるで『吸ってください』と言っているかのようだった。…いや、僕たち吸血鬼の前では、そう言っていることに等しい。

「…ガキがなんの真似かと思ったら、なんだ、あんた意外と度胸あるんだな」
一歩ずつ、確かめるように進み、なまえに近づく。
やめろ、だめだ、なまえ、逃げて、逃げて、はやく!

「アレンくんに、これ以上関わらないと約束して」
「へぇ、ご立派な正義だこと」
「約束、して」
「……りょーかい。」
彼は口角を上げ、ぐっ、と一気に距離を縮めて、なまえの首筋に顔を近づけた。ゆっくりと口を開いて、そして、







ガシッ、

「…バカですか、君は」

間一髪、ティキ・ミックの顔面を手のひらで押さえて、吸血を防いだ。

「…ちょ、少年、今オレすげぇ格好悪いんだけど。オレの顔台無しなんだけど」
「もがもがうるさいです少し黙ってください」
「いやいや、もがもが言ってないからね?ちゃんと喋れてるからね?ていうか何で突然起き上がれたわけ?」
「…なまえのバカさ加減で目が覚めました」
「は、ちょ、わたし!?」
何で!と僕のすぐ隣で喚くなまえ。耳にガンガン響いてうるさい。
「大体にして、こいつに血吸われたらどうなるか分かってるんですか?」
「…気絶、するんじゃないの?」
「…あーもう、だから君はバカだっていうんです」
「な!」

「……死ぬんですよ、身体中の血を根こそぎ吸われて」

死ぬ、という言葉でピシッと凍り付いたなまえ。
「ティキ・ミックは、吸血鬼の中の吸血鬼です。…以前、なまえに話しましたよね?『致死量を吸ってしまう輩もいる』って」
「まさか…この人が…!?」

「ピンポーン。そのまさかでーす」
淡々と言い放ち、感情の読めないリアクションを見せた彼。
「つーかさっきから黙って聞いてりゃ、何なのお前ら。痴話喧嘩ならオレの吸血が終わったあとにでも…あ、それじゃ駄目か。」
ころころと、浅く笑った彼は、その笑顔の裏でどこか気味悪い雰囲気を醸した。
「…とりあえずさ、獲物を目の前でお預けされてるオレの身にもなってほしいんだよね。少年のことはオレ結構気に入ってんだけど、さすがにここまで邪魔されると、

…イラついて、ぶっ潰したく、なる」

「!……っ、アレン、くん、」
「分かってます、そんな泣きそうな声出さないでくださいよ」
この人危ないよ、
なまえが僕の服をぎゅ、と握りしめて訴えてくる。「大丈夫」と、眉を下げて笑いかけるもなまえの表情は怯えたままで、震えは止まらない。
「大丈夫、僕が守ります」
「ちがう、そうじゃ、ない、守ってほしいんじゃ、ないの」
予想外の返答に、僕はなまえを見つめて続きを待った。彼女の真意を、聞きたかった。背後に奴が控えている今、ゆっくり彼女と話している暇なんてないのだけど、それでも、今、彼女の口から紡がれる言葉が、きっと『真実』なのだと、思ったのだ。


「守ってほしいんじゃ、ないの」
「はい、」
「わたしは、守ってほしいんじゃ、なくて、


アレンくんと、一緒にいたい」



……ああ、僕は、夢を見ているのだろうか。こんな状況なのに、目一杯彼女を抱きしめて腕に閉じ込めておきたい衝動に駆られた。いとおしい、って、きっとこういう気持ちをいうんだろう。

「…ねぇ、なまえ、僕たちの『契約』、まだ有効ですか?」
「…え、?」
「もしまだ有効なら、あとで付け加えたい項目があるんです」
このいざこざが終わるまで、待っていてください。

そう言い残して、僕は長身の男に向かい、足を進めた。




吸血鬼との約束事
(契約者と被契約者は、いかなる時も互いのそばを離れないこと)






つ、次こそ最終話!
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