はろ | ナノ

ぼんやりと、肌に感じる空気。くっきりしてくる五感。ほのかに鼻をかすめる、果実みたいなお菓子みたいな、甘くて柔らかな香り。いい、におい。なんだろう、なんか最近よく感じる匂いなんだよなぁ。妙に安心するん、だよなぁ…。

「………う、ん?」

あ れ ?

あれ、僕、あ、あれぇ?
何で、


「…えーっと…あれ、なまえ…?」


何で僕はなまえを抱きしめたままベッドに寝ているのでしょうか教えてください誰か!



ちょ、ちょっと待って、一旦落ち着こう僕。ふ、服は着てるから、その…い、一線は越えてない、はず。き、きっと越えてない。うん、だって、ほら、なまえだって、ちゃんと、き、着てる、し。
昨日は、そ、そうだ、僕が血吸ってなくて朦朧としてる時に、なまえの血を無意識に吸っちゃって、なまえが気を失って…それで、そのまま…

「……アレン、くん…?」
「うわ!!お、おき、すみまっ、」
「……ふふ、何焦ってんの」
「っ、」
ふにゃ、と油断した笑顔を見せるなまえ。何だ、それ。卑怯だそんなの。
「す、すみません、僕…」
「んー?なにが?」
「な、なにが、って…昨日、その」
「…あ、れぇ?」
「え?」
「………アレンくん、近いっ!!!ちょ、離してよばかあぁぁ!!!」
ぐいぐいと、僕の身体をめいっぱい押しやる。ちょ、落ちる落ちる、ベッドから落ち、
「うわぁぁあぁ」
どすん、と背中に衝撃を感じたのと同時に、ああそっか、なまえは寝ぼけてただけか、と認識した。



***

「…だから、すみませんでしたって」
「……知らない。うるさい。」
「…謝ってるじゃないですか。手加減なしで血を吸ってしまったことと、その…抱きしめて、寝ちゃったこと」
「そんなことで怒ってるんじゃないの」
はぁ、と小さくため息をついて、僕の作った朝食の目玉焼きをお箸でつついたなまえ。それで怒ってるわけじゃないって、じゃあ一体何に対してそんなに怒ってるんだ?
「アレンくんが血を吸うことなんて重々承知してるし、そもそも、わたしが吸うようにしたんだもん」
「は、な、何で…」
気絶覚悟で吸わせたっていうのか。意味が分からない。
「意味が分からない」という言葉がいつの間にか口から零れていたようで、なまえは僕を見て、眉間に皺を寄せてますますため息を深めた。
「意味が分からないのはこっちのほうだよ。アレンくん、自分が吸血鬼だっていう自覚あるの?血を吸わないと死んじゃうようなひとが、吸うのを我慢してるとか、それこそ意味が分からないよ。何のためにうちに住んでるの?何のための『契約』なの?この、ばか吸血鬼」

なまえはそう一息で言い包め、俯いた。
バレていたんだ、我慢していたこと。なまえは、分かっていたんだ。

「…なまえだって、怖いくせに」
嬉しい気持ちと、「ならどうして」という気持ちが、心の中で渦を巻いた。
「そう言ってるけど、本当は、血を吸われるのが怖いんでしょう?吸血鬼の僕が、怖いんでしょう?だからずっと、避けていたんでしょう?」
まるでなまえを試すように、挑発的に言った僕。だけど、そう言ってる僕が一番、怖がっているのだ。

「……怖い、よ」
ぽつりと、独り言みたいに呟いたなまえ。
まるで鈍器で殴られたみたいに、ぐわん、と頭に響いた。だって、本当は「そんなことないよ」って、言ってくれると思っていたから。

ああ、やっぱり、僕は吸血鬼で、世間からは疎まれる存在で。
だけどそんな自分を認めたくなかったんだ。
そのくせ、認めてほしいと、どこかで願ってる。
認めてほしかったんだ、彼女に、なまえに。
そんな幻想ばかりに溺れて、いつかは現実になるんじゃないか、って。


なんて、愚か。


「……そっか」
僕がそう呟いても、彼女は顔をあげなかった。ただ小さな肩をひそめて、少し、震わせているだけだった。

「……迷惑かけて、すみません、でした」
僕はがた、と席を立って、そのまま玄関へ向かった。俯いたまま動かないなまえを視界の端に捕え、だけど見ないふりをして足を進めた。

悲しいことに、「パタン」というドアの閉まる音を聞くまで、彼女が追いかけてくることを、期待していた僕が、いた。

「……さようなら、なまえ」





キャンディーみたいな幻想を
(夢見ていたのは、愚かな僕だけで)






……この、へたれ!ばか!笑
でもこういうへたれなアレンさんが書きたかったので満足です。

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