はろ | ナノ


自分を吸血鬼だと打ち明けた途端、案の定驚きを隠せない様子の彼女。
「…へ、吸血鬼、って、いやいや…え?」
あまりにも信じられなくて、次第に変な笑いが漏れ始めた。なんていいリアクションをするひとだろう。
「信じられないのも、無理はないと思います。吸血鬼なんて架空の存在だっていうのが世間一般の考え方ですし。見たとおり、外見は普通の人間ですからね。あ、髪の色はあんまりつっこまないでくださいね」
コンプレックスなんで、あはは。
そう苦笑するも、一向に和やかな雰囲気にならない。まずい。こういう雰囲気は苦手だ。
「吸血鬼といっても、このご時世ですから、僕らだって社会に上手く適応するよう進化してきたんです。実際、血も薄まってきているし、見た目は一般人と変わりません。普通に食べて、寝て、誰かとしゃべって暮らしてます。
先代の仲間は人間の食べ物なんて口にできなかったし、日光にも極端に弱かったから夜しか出歩けない。何より、容貌そのものが社会に受け入れられなかったそうですからね」
相変わらず固まったままの彼女に、少しずつ明かしていく、秘密。果たして彼女の耳に届いているだろうか。
「今の時代に生き残っている僕ら吸血鬼は、一般人としてその正体を隠して生きているんです。そうやってひっそり、次の世代を残していくんです」

ただひとつ、盲点は残ってしまったけれど。
「…ちょうど、僕くらいの年齢になると、吸血衝動が始まるんです」
「…きゅうけつ、しょうどう…?」
あ、しゃべった。ちゃんと聞いててくれてる。
「『血を吸いたい』っていう、欲求です」
本当は、この話にふれるだけでも、結構我慢がいる。話をするだけで、吸いたい、のだ。ましてや、目の前にその対象となり得る女性がいるとなれば、この我慢は相当なものだ。よほどのマゾヒストでない限り、このお預け状態は長くは耐えられない。いや、僕Mじゃないけど。
「……ねぇ、大丈夫?汗、すごいけど…」
恐る恐る、だけど、僕をしっかりと見つめて尋ねてくる彼女。すごい、自分が被害者だというこの状況で、加害者の様子を気にかけるなんて…。あ、どうしよう、なんか、あんまり我慢もたないかも。
大丈夫ですよ。と、口だけの見栄を張って、苦笑いを浮かべて見せた。
「血を吸う、と言っても、ある程度の加減はできるので、殺すことはありません、多分」
「たぶんって…」
「中には、致死量を吸ってしまう輩もいるってことです。ごく稀ですけど。
…吸血鬼にも、色んなタイプがいるけど、僕はその…女性の血しか、吸えないんです…男性のは、吐き気がして、飲み込めないんです」
「…そう、なんだ…」
僕と一緒にいるこの空間に少しずつ慣れてきたらしく、ぽつりぽつりと、言葉を返すようになった彼女。

「…ねぇ、あなたも、吸血鬼だってこと、隠して、生きてるんでしょ…?」
控えめに尋ねてくる姿が、何とも弱弱しくて、何というか、こう、加虐心を煽るような……っていやいやそうじゃなくて。今はそこじゃなくて。
「そうですね、誰かにこうして正体を明かすのは、僕にとっても不利なことですし、タブーでしょうね」
「だったら、なんでこんなに…」
何でここまで彼女に話すのか、と言いたいのだろう。僕は吸いたい衝動(あ、なんか禁煙する人の気持ちが分かる)と戦いながら、言葉を紡いだ。
「…ね、あなたの名前を教えてください」
「……なまえ」
警戒しながらも、正直に答える彼女。
「そうですか。…なまえ、実は、お願いしたいことが、あるんです」
「…な、に…?」

「僕と、契約、してくれませんか?」

「…契、約?」
何のことやら、と、頭上にクエスチョンマークを浮かべたなまえ。
「この数年間、僕は、複数の女性の血を吸って生きてきました。もちろん了解なんて取らずに、です。そんなことを繰り返していたら、女性があちこちで気絶した、って変な噂がたつようになって。そのたびに、僕は、住む場所を変えてきました。…だけど、これ以上引っ越しを繰り返すのは、僕自身もキツいし、経済的にももう無理なんです。

そこで、思いだしたんです。先代が特定の一人の女性をパートナーとして、その人だけの血を吸って生きてきたことを。僕もそうすれば、もう少しここに留まっていられるんじゃないか、って」
「…それが、『契約』ってこと…?」
なまえの言葉に、ゆっくりと頷いた。

吸血衝動は、もうすぐそこまで迫っていた。
ああ、もう、限界、かも。
「…同じ人に、連続して吸血することで、この契約は、成立する、と、聞きました…」
「…ちょっと待って、それじゃあ、」
「…なまえ、」
「…ねぇ、大丈夫?顔色悪いよ?」
ぎゅ、と、なまえの両肩に置いた手に力がこもる。びくっ、と、肩が跳ねるのを感じた。ああ、そっか、怖がらせてるんだ。こんなにも、優しい彼女を、僕は。だけど、

「……ごめん、」

血を、吸わせて。


「…え、ちょっ、…」
彼女の返事なんかお構いなしに、衝動的に疼く身勝手な身体。くそ、なんて燃費の悪い身体だろうか。ついさっき、気絶するまで吸っておいて、もうこんなに、欲してる。血を、彼女を。
首筋にぐっ、と顔を埋め、先程つけた痕に、ゆっくりと、歯を立てた。ぷつ、と皮の破れる音がして、ぐんっ、と入った牙。
「…や、痛いっ…」
「我慢、して」
じわり、少しずつ口に広がる独特な味に、僕はゆっくりと目を閉じて、それを味わった。世間からしたら、とんだ変態だ。それでも、この状態で理性なんか、保てなかった。吸い上げるたびに、小さく声をもらして顔を歪めるなまえ。ごめん、ごめんね、分かってる、いけないことだって。でも、


この 血は
とても あまくて
ぼくは きっと

魅了 されて しまったんだ




ランタン越しの鏡に映った自分は、髪も頬も瞳も、橙色に染まっていて、まるで違う人物に見えた。…そうじゃない、きっと、「僕じゃない」と思いたかったんだ。



ランタン越しの橙色
(鏡に映った君は、だぁれ?)





タイトルが後付けすぎる。今回のアレンさんは、弱腰で、吸血鬼な自分が嫌で堪らない、という感じの人。葛藤してます。
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